Act.5

 二時間ほどかけて、ゆっくりと食事をした俺と砂夜は並んで夜道を歩いた。


 結局、ふたりで瓶ビール四本、さらにぬる燗を一本頼み、飯共々、綺麗に平らげてしまった。

 でも、これぐらいの量ならば大して酔っ払った気分にはならない。


 俺以上にザルの砂夜も、素面の時と変わらず足元がしっかりしている。

 ただ、若干テンションが上がっているようには思えるが。


「ねえ、酔い覚ましがてら、ちょっと歩こっか?」


 砂夜はそう言うと、突然、俺の手を取った。


 今まで、ふたりで飲みに行ったり飯を食いに行くことはよくあったが、手を握られるなんて全くなかった。

 それだけに、砂夜の行動に俺は驚きを隠せない。


「まさかお前、酔っ払ってる……?」


 探るように訊ねると、砂夜はいつもの調子で、「酔っ払ってるに決まってんじゃーん!」とケラケラ笑った。


「もうね、今はすっごく楽しい! やっぱ、宮崎と一緒にいると最高だわ!」


「――そりゃどうも」


「ちょっとあんたテンション低過ぎ。もうちょっと楽しそうにしてよ」


「――いや……、楽しそうに、って言われても……」


 俺は複雑な心境で視線を落とした。その先には、しっかりと俺の手を握っている砂夜の手がある。


 砂夜は一瞬、不思議そうに首を傾げていたが、すぐに俺が手を繋がれていることに戸惑っているのに気付いたらしい。


「――嫌なの?」


 先ほどまでの笑いを引っ込め、砂夜は神妙な顔付きで俺を見つめてきた。

 二年間、同僚として、そして、気の合う友人として付き合ってきたが、今のような表情を見せたことは未だかつてなかった。


 瞬間的に、俺は砂夜から〈女〉の匂いを感じた。


 何も言えなくなった俺に、砂夜は眉根を寄せながら続けた。


「私はずっと、宮崎が好きだった。あんたに出逢うまでは、異性になんてそんなに興味が湧かなかったけど、宮崎だけは、一緒にいるだけで嬉しくて楽しくて、幸せだった。

 だから言えなかった……。宮崎は……、私を〈女〉として見てなかったのにも気付いてたから……」


 そこまで言うと、砂夜は俺から手を放し、肩からかけていたバッグからおもむろに何かを取り出した。


 出てきたのは、手の平に埋まりそうなほど小さな白い箱だった。


「受け取って……。この中に、私の精いっぱいの気持ちが入ってるから……」


 あまりにも急な告白に困惑している俺の手に、砂夜が箱を包み込んできた。


「――ごめん……」


 やっとの思いで出たのは、謝罪の言葉だった。

 自分でも、何故、そんなことを言ってしまったのか全く分からなかった。


 砂夜はこれをどう受け止めたのだろう。

 一瞬、わずかに瞳を揺らし、けれどもすぐに、いつものように満面の笑みを浮かべた。


「別に謝ることなんてないって! てか、あんたを困らせたのは私なんだから!」


 砂夜は踵を返し、俺に背を向けた。


「悪いけど私、先に帰るわ。あ、迷惑だと思ってんなら、それ、捨てちゃって」


 振り返ることなく、砂夜が、一歩、また一歩と、俺から離れてゆく。


 俺は咄嗟に、砂夜の手首を掴んだ。


 砂夜はこっちを見た。笑顔はそのままで――頬には、一筋の涙が伝っていた。


「お願いだから……、追い駆けて来ないで……」


 俺の手をそっと解くと、砂夜は今度は、足早に俺の元を去ってしまった。


 けれども、砂夜を追う気力はその時の俺にはなかった。

 ただ、その場に立ち尽くしたまま、空を仰ぎ見る。


 辺りに広がる満天の星空、そして、白銀色の雪の結晶が、フワリと舞い降りてきた。

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