第69話 それぞれの……

すると、美奈子さんは彰さんにニッコリと微笑む。


「ありがとう、彰さん」


その微笑みに、彰さんの緊張していた顔が和らいだ。


けれど、次に彼女が口にした言葉は……。


「でも……ごめんなさい」


「え?」


彰さんの和らいだ顔が、再び強ばった。


「……そうか。やっぱり信じられないよな」


「ううん。そうじゃないの。私……本当の自分の気持ちに気づいてしまったから」


「本当の気持ち?」


聞き返す彰さんに、美奈子さんは頷く。


「親が亡くなって……私は突然お店を継ぐことになったわ。その頃、私はただのOLで……お店の経営なんて全く分からなかった。毎日が慌ただしく流れて、両親の死を悲しむ暇もなかったわ……」


そこまで言って、美奈子さんは彰さんに微笑んだ。


「そんな時、彰さん、貴方が声をかけてくれて。一時は赤字になったお店の経営を一緒に立て直してくれた。本当に感謝してる。一人じゃ、きっと無理だった」


「美奈子……」


「気丈なフリをしてたけど、私ね、たまらなく寂しかった。一人でいるのが怖かった。でも……」


そして、美奈子さんは言う。


「寂しさを埋めるために、ずっと誰かと一緒にいるのは、違うわよね?」


それから彼女は彰さんの母親に視線を移す。


「私、貴女のこと責めません。寂しい時、誰かにいて欲しい気持ち、よく分かるから……」


それから美奈子さんは再び、彰さんに向き直った。


「今までありがとう、彰さん」


しばらくの間、あまりに突然の別れを受け入れられない様子の彰さんだったけど、彼の唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「美奈子」


「彰さん……元気でね」


美奈子さんは小さく微笑み軽くお辞儀をすると、白石邸を去っていった。


「あ……待って、美奈ちゃん!」


その後を恵さんが追いかけていく。


少しの間、その場で立ち尽くしていた彰さんだったけど、リビングに残った母親の側に行き、こう言った。


「母さ……いえ、留美るみさん。父のせいで長い間辛い思いをさせてしまって、すみませんでした」


彼は頭を下げる。


留美さんの瞳に、少しだけ涙が滲んでいるのが見えた。

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