第70話 センチメンタル

「まさかあんな結末になっちゃうなんて……」


隣で歩く本宮君に、私は言う。


私達も白石邸を後にして、異人館のところまで戻ってきた。


ほんの数時間前まで、彰さんと美奈子さんはウエディングドレスを一緒に選んでいたのに……。


『寂しいから、誰かといるのは違うわよね……』


彼女の言葉が、妙に心に刺さっている。


通りを歩いていると、ショーウィンドウの向こうにウエディングドレスが飾られているのが目に映り、ふと足を止めた。美奈子さん達もその予定だったけど、この北野では幾つかの異人館で結婚式が挙げられるようになっている。


(綺麗……)


がさつで、女らしさの欠片もない私だけど。漠然とした結婚への憧れはある。


でも、美奈子さんや留美さんのことで、結婚って単純なものじゃないんだと感じた。


それなのに……。


やっぱり目の前にあるウエディングドレスは、真っ白な未来の幸せを約束してくれるような……そんな風に思えてしまう。


ふと目の前のドレスを着ている自分を想像してみた。


「ねぇ、本宮君」


「なあに?」


少しだけ先にいる彼に聞いてみる。


「これ、私にも似合うかな?」


深い意味なんてなかった。


そうだね、似合うんじゃないって。


軽くそんな風に返してくれたら良かっただけ。


それなのに。


「見たくない」


「えっ……?」


予想してなかった言葉に驚いた。


「ウエディングドレス姿なんて見たくない……」


その一言が、胸に刺さる。


いつもなら、ちょっと拗ねて、それで終わりだった。


でも、この時の私は、美奈子さんや留美さんのことで感傷的な気持ちになっていたんだと思う。


「……ひどいよ」


本宮君がハッとした表情で、私を見つめ返す。


「私なんかに全然興味ないの知ってるよ……。こんなドレス似合わないって思ってるんでしょ?でも……でもさ、ちょっとぐらい違う言葉をくれてもいいじゃない?」


「桜井……」


「こんながさつで、女らしさの欠片もない私だけど。私だって……」


信じられないことに、両目に涙が溢れてきた。


「本宮君のバカッ!」


私は最悪な台詞を吐くと、その場を走り去る。


こんな面倒クサイ女、一番嫌いなはずなのに……。


私は、ただ走った。


そのうち息が切れて、側にあったベンチに座り込む。


「最悪……」


ポツリと一人呟く。


この後、どんな顔して彼に会えばいいのよ?


夕方に差し掛かる時刻とは言え、まだ八月。辺りは明るく、日中の熱が残っていて肌をじわりと焦がす。何組か通りすぎていくカップルをしばらく眺めていた。


しっとりと額に張りついた髪をかきあげた、その時。


頭の上にパサリと何かが触れる音がした。


見上げると、本宮君が私を見下ろしている。


「見つけた」


「……っ」


さっきの行動の恥ずかしさから、何も言えないでいる私に本宮君が言った。


「せっかくだから、異人館巡りしていかない?」


そう言って、彼は二枚のチケットを見せる。


「今から?もう時間がないよ?」


「大丈夫。今の時期は6時までだから、早足で回れば。さっ、早く行きましょ」


そう言うと、本宮君の腕が伸びてきて、まだ何も答えていない私の手を引っ張ると立たせた。


嬉しさと恥ずかしさに顔の火照りを感じながら、彼に手を引かれるままに歩き出す。

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