第68話 秘めた想い
「母さん……嘘だろ?美奈子とのこと喜んでくれてたよな?」
訴えかけるような視線で、彰さんが彼女を見る。そんな彰さんに彼女は微かに微笑んだ。
「彰……覚えてる?私達が初めて、この家で会った時のこと」
「えっ?」
「私は昨日のことのように覚えてる。貴方を初めて見た時、驚いたわ。だって主人に全然似てないんだもの。きっと亡くなった前妻さん似なんだって、そう思った」
「……」
「主人は、いくつものレストラン経営に忙しくて、いつも深夜の帰宅だった。食事を作って待っていても、いつも冷めたまま、ずっとテーブルに残ってた……。だけど、そんな中、彰はいつも家に帰ってきてくれた。せっかく用意してたのに『要らない』の一言で残ってしまった主人の食事を見て……」
『ったく、親父のヤツしょーがないな』
そう言って、彰は主人の食事も食べてくれた。
嬉しかった……。
たったそれだけのことが。
「それから彰は私のことを気にかけてくれて、晩御飯は必ず帰ってきて、いつも一緒に食べてくれた。そんな風に二人で過ごすうち……。彰の優しさと自由奔放な性格に、私は少しずつ惹かれていった」
「……!」
彰さんが驚いた顔をする。
きっと彼は知らなかったんだ。
自分に寄せられた彼女の密かな想いを。
「彰は縛られることが嫌いな自由な性格で、それは恋愛もそうだった。いろんな女の子と付き合っては別れてた。私は構わなかったわ。彰が最後に帰ってくるのが、この家なら」
そこまで言うと、彼女は美奈子さんに視線を移した。
「だけど、美奈子さん。彰は貴女に出会って変わったわ」
美奈子さんの瞳が揺らぐ。
「貴女と結婚するんだって言った。そして、それまで関わってた女の子達ときっぱり別れた。……そんな彰を見て、私は確信したわ。もう、彰は……この家に戻って来なくなるんだって……」
彼女は瞳を伏せた。
「私はね、美奈子さん。ただ彰が、この家に帰ってきてくれるだけで良かったの……。でも、そんなささやかな時間も、貴女は私から奪おうとした」
「……それで、あんなことを?」
本宮君の言葉に、彼女は小さく「そうよ」と言った。
「彰の元彼女の優香って女性が、別れた後も何度か、この家の近くまで来ているのを知って……彼女に教えたわ。彰と美奈子さんの結婚のことを」
彰さんが驚いた表情をする。
「それで突然優香から連絡が来たり、会いに来たりするようになったのか!」
そう言った後、彰さんは美奈子さんの方に視線を向けると言った。
「美奈子……すまなかった。僕や僕の家のことで、君を巻き込み辛い思いをさせて」
「……」
美奈子さんは黙って俯く。
「もう何もかも嫌になったかもしれないが……。でも、これだけは信じてくれ。美奈子、君への想いは本気だ。改めて言わせてくれ」
そして、真っ直ぐな眼差しで彼は言った。
「美奈子。結婚して欲しい」
私達のいる前で、彰さんは再びプロポーズする。
彰さん始め、私達も美奈子さんの答えに固唾を飲んだ。
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