第55話 鬼面の下には
押し黙る犯人に、本宮君は続ける。
「あなたは、おそらく、お母さんが、義明さんと付き合っている時に聞いていた金庫の開け方で、金庫を開け、宝物庫の鍵を取り出し、その鍵を使って、弓矢と鬼面を盗み、今回の殺人事件に使った。この島に伝わる鬼伝説になぞらえて」
吹き抜ける風に、鬱蒼と茂る木々の葉が、ざわざわと音を立てた。
「昨日の山火事……あれは、あなたが起こしたのでは?義明さんの死体を岬に運ぶのに、山の方に目を逸らさせるため。そうですよね?義明さんの遺体は、大洞窟の奥に隠していた。あそこは気温が低く、夏でも寒さを感じる。遺体の保存に適していますからね。義明さんが殺された本当の日にちは……行方不明になった日でしょう?」
……え!?あの日、もう義明さんは殺されてたの!?
「雅明君達の遺体に添えられた和紙に書かれていた『神の御使い』とは、この温羅神社の神……すなわち鬼を指していた。ウメさん達が供えたのではない、そこにある神酒は、あなたが供えた物ですね?」
本宮君の言葉に、社の板張りを見ると、朝見た時と同じ大きな酒が置かれている。
「あなたは、二日前の夜、赤い鬼を見たと言いましたね?麻子さんが、それは盗まれた鬼面だと言っていました。でも、それは、おかしいんです」
何が、おかしいんだろう?
いや、待って……。
鬼を見たって……それって、まさか?
「外灯もない夜の庭は、闇でほとんど見えません。昼の光の中では、綺麗に見えた花の色さえ分からない。そして、初めて、この島を訪れたと言うあなたは、その鬼面を祭りで見たこともない。そんな朱色をした面だと、あなたは知らないはず。知っているとするなら、それは……」
目の前の犯人に、本宮君が言う。
「直接、その面を手にして知っているからです。あれは、自分が犯人でないと思わせるための狂言だったのですよね?」
「……」
「もう、その仮面を外したら、どうですか、上原さん。いえ……温羅樹さん」
本宮君の言葉に、目の前の人物が、両手を鬼面に添えた。
ゆっくり外された面の下に現れたのは、上原 樹の顔。
眼鏡を掛けていない、その瞳は、何度か見ていた優しさの面影はなく、切れる刃のような冷たい色をしていた。
「……許せなかった。古い伝説に縛られて、無様に生きる吉備の人間共が」
冷めた目の奥に、鋭い光が宿る。
「母さんは、あいつらを恨みながら、五年前に死んだ……!島から追放した、吉備の当主も、自分を切り捨てた冷酷な恋人も、絶対に許さないと……!!だから、母さんの恨みを俺が晴らしてやったんだよ……!!かつて鬼を狩った英雄の末裔共を鬼の俺が狩ってやったのさ……!!」
上原樹が、そう叫んだ時、石段を慌ただしく駆けあがる、いくつもの足音がしたかと思うと、数人の刑事達が、境内に現れた。
「上原樹!吉備家連続殺人の容疑で逮捕する!!」
刑事達が上原樹を取り押さえると、彼は抵抗することもなく、彼らに従い、石段に向かって歩いていく。
上原樹が私達の横を通りすぎる時、本宮君は彼に言った。
「伝説に縛られていたのは……吉備の人間だけじゃないでしょう?」
その言葉に、上原樹の目が、一瞬だけ本宮君を捉える。
でも、それは、ほんの一瞬で、両脇の刑事に促されて、石段を降りて行った。
私と本宮君は、再び吉備の邸宅に戻り、ウメさんと麻子さんに、事件の顛末を伝えた。
すると、ウメさんは涙を流して、こう言った。あの時、義明様と温羅香奈枝が島を出ることを許してあげていれば……と。
こうして、吉備家で起きた宝物庫盗難事件と連続殺人事件は、終わりを告げたのだった。
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