第56話 瀬戸内ロマンス
そして、翌日の朝。
「風が気持ちいいね~」
私は両腕を空に向かって伸ばして言う。
「そうねぇ」
少しだけ前を歩く本宮君が言った。
私達は、今、鬼無島の海に泳ぎに来ている。思わぬ連続殺人事件に発展して、ずっと泳げなかったから、神戸に帰る前に少しだけ海で過ごすことにしたのだ。
見渡す限り続く青い海は、穏やかな波を寄せては返している。歩く度に、ビーチサンダルの下で、さらさらと砂が流れた。
私は、水色のパーカーの下に白のビキニを着ている。ちょっと大胆かなと思ったけど、一緒にいるのはオネエの本宮君。
全然気にしないよね?
陽が昇るにつれて、段々と空気が熱を帯びていく。首筋を細い汗が伝った。
(何か暑くなってきたから、ちょっと脱ごうかな?)
私は、羽織っていた水色のパーカーに手をかけ脱いだ。
その時、前を歩いていた本宮君が振り返る。
そして、私の方を見ると、ハッとした表情をした。
彼が、私の方に一歩一歩近づいてくる……。
「桜井」
目の前まで来た本宮君が、見たことないくらい真剣な眼差しで、私の両肩に手を置く。
「本宮君……」
真夏の熱気に負けない真っ直ぐな、その瞳に、胸の鼓動が高まった。
夏は恋の季節だという。
顔と肩が熱いのは……照りつける太陽のせいだけじゃ……ないよね?嬉しさと恥ずかしさに、斜め下に視線を逸らして、はにかみながら私は言った。
「やだ……こ、こんな近くで見つめられたら、恥ずかしいよ、本宮君……。これ、どうかな……?似合ってる?ちょっと大胆かなって思ったんだけど、この水着、着て良かっ……」
「後は、頼んだわよ」
「え」
本宮君は謎めいた言葉を残すと、なぜか海に向かって猛ダッシュしていく。
「ちょっ……え?え?」
混乱する私の耳に、聞き覚えのある野太い声が、後ろから響いてきた。
「待って、ハニー!!」
振り返ると、あの「わだつみ」のマッチョ店主が、ド派手な海パン姿で目をギラつかせながら、本宮君の後をものすごい速さで追っていく。私の姿など、120パーセント眼中にないようで、無駄に砂を撒き散らしながら、トルネードのように私の横を駆け抜けて行った。
そして、青い鬼無の海に、シュプールみたいな白い波の線が二本、沖に向かって伸びてゆく。
「……」
ハッとしたのは、私の水着姿にじゃなくて、マッチョ店主を見つけたから?
私は両の拳を震わせた後、海に向かって思い切り叫んだ。
「ちょっとぉぉぉ…………!!私の胸キュン返しなさいよぉぉぉ……!!」
真夏の太陽に照らされた瀬戸内海は、心地よい風を受けながら、青く穏やかに波打っていた。
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