第54話 本当の鬼

そして、部屋の窓の向こうの景色が茜色に染まる夕方。本宮君のスマホが鳴った。


「秀ちゃん。うんうん、そう。分かったわ。ありがとね」


スマホ越しに話すと、本宮君は電話を切る。


「桜井。犯人が分かったわ」


「……!」


「行こうか、本当の鬼のところへ」


そう言って、本宮君は部屋を出た。


(本当の鬼……つまり、犯人のことね!)


私も、彼の後に続く。私達が廊下に出ると、向こう側から、ウメさんがやって来るのが見えた。


「ウメさん」


本宮君が、ウメさんを呼び止める。一連の事件のためか、彼女の顔はやつれて見えた。


「……もう神戸に帰るのかい?」


「いいえ。依頼がまだ終わってません」


「吉備家の人間は、皆死んだ。依頼など、もう……」


次に、本宮君が意外な質問をする。


「宿泊客の皆さんは、どうしていますか?」


(宿泊客?)


「皆、外に出ているよ。若い男女は海に、フリーライターの男は、島を歩いてくると言って」


その時、廊下の向こうから、麻子さんが歩いて来るのが見えた。


「叔母さん」


そう言った麻子さんの顔は、困惑した表情を浮かべている。


「どうした、麻子?」


「義明様の神主の装束が無くなっているの!」


「何だって!?」


ウメさんが驚いた声をあげた。


「行くわよ」


そんな麻子さんとウメさんから離れ、本宮君は廊下の向こうへと足早に歩いていく。


「ま、待って!」


ウメさん達をもう一度だけ見た後、私は彼の背中を追った。


吉備家を後にし、外に出ると、赤い夕陽が島全体を染め始めている。


「ねぇ、本宮君。一体どこに向かってるの?」


こちらを振り返らず、ただ道を進む彼の後を歩いて、20分程経った頃。


「ここは……!」


たどり着いたのは……温羅神社だった。


石の鳥居をくぐり、急な石段を上っていく。


「……!」


石段を上りきると、境内に誰かが立っていた。その人物は、麻子さんが持っていた、あの神主の装束を着ている。不意に吹いた風が、周りに生い茂る木々の葉を揺らした。


「やはり、ここにいましたか」


背中を向けたままの袴の人物に、本宮君が言う。


「こんな黄昏時を逢魔時おうまがときと言いますね。鬼と逢うのに相応しい時間です」


「……」


相変わらず、その人物は無言を貫く。


「吉備義明さんが、22歳の時に恋人だった温羅香奈枝さんについて調べました。香奈枝さんは、鬼無島を追放された、その時、妊娠していました」


え……温羅香奈枝に子供がいた!?


「彼女は、その子供を産んだ後、一度結婚したため、名字が変わった。そして、その子供の名字も。それが、あなたです」


じゃあ、温羅香奈枝の子供が、今回の事件の犯人で、今、目の前にいる人物ってこと!?


そう思っていると、その人物が、ゆっくりとこちらを振り返る。


「……!」


振り返った、その人物は、朱色の鬼面を被っていた。吉備家の宝物庫から盗まれた物だ。

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