第21話 田所の尾行

「私も、まず田所賢也を探さないと」


レストランに予約を入れていないとなると、それ以外の船内のどこかにいるんだよね。


このエントランスはCデッキ。レストラン以外に、バーがある。まずは、バーを見てみよう。私は、細い廊下を渡って、バーに入ってみた。


薄暗いバーを見回してみると、男女のペア三組と、女性四人のグループが見える。


(ここには、いないわね)


私は、もう一度廊下を渡ると、エントランスから伸びる螺旋階段を上って、Bデッキに行ってみた。 


階段を上って正面に、Cデッキと同じように、広い窓と長いソファがある。ソファには、若いカップルと、小学生くらいの子供連れの家族が休んでいた。両サイドに伸びる廊下も見てみたけど、ここにもいない。


(そうなると、この上のAデッキにいるんだ)


私は、再び螺旋階段を上った。


でも、Aデッキ船内にはいない。


(ということは、外のデッキに出てる)


私はドアを開けると、外のデッキへと出た。一気に潮の香りに包まれる。デッキを見回すと……いた!茶色の薄手のジャケットに、色の抜けたジーンズをはいた田所賢也がデッキの端に立っていた。


手には、白い紙袋を持っている。


私は、彼に怪しまれないように、船内を普通に見回るクルーのフリをした。彼以外にも、数組のカップルがデッキに立ち、船上から見える海原や、その向こうの景色を眺めている。


事故のあった、この外のデッキで、何かをするつもりなんだろうか?


それにしても……私が田所賢也の監視を任されたのは意外だった。田所賢也はクルーズ会社への恨みがあるのが確かだから、今のところ一番怪しい人物。尾行するなら、本宮君かなって思ったから。


でも、本宮君は、あまりにも田所賢也は怪しすぎると言ってた。


じゃあ、他に気になる人物って、一体……?


そんなことをいろいろ考えていると、側にいたカップルに声を掛けられた。


「あの、すみませ~ん」


「はい……な、何でしょうか?」


声の方を向くと、彼女の方がスマホを私に渡してくる。


「撮ってもらえませんか?」


「はい、分かりました」


私はスマホを持って、肩を組む若いカップルに向けた。


「じゃあ、撮りますよ~!」


私の声に、カップルの男女がポーズを取る。波の音に混じって、シャッター音が響いた。


「ありがとうございました~」


彼女が満足そうに私からスマホを受け取ると、カップルは海を眺め始める。


私は、また田所賢也に注意を移そうとして、彼がいないことに気づいた。


(あれ、いない!?)


カップルの写真を撮るのに気を取られているうちに、彼を見失ってしまった。デッキを見回したけど、彼の姿はどこにもない。私は急いで、A デッキの船内に戻ると、中を見回した。


でも見当たらない。


(違うデッキに移動した?)


私は急いで階段を降りると、Bデッキに降りた。左右の廊下を見たけど、いない……。


レストランは、事前に予約をしておかないと使えないようだから、仮にレストランに入ったとしたら、他のクルーに止められるよね。


「Cデッキに行ったのかな!?」


私は走って、階段を再び降りる。最初にいたエントランスに、また戻ってきた。周りを見回すけど、いない。


「バーに入った!?」


廊下を渡って、薄暗いバーの店内に入る。カウンターやテーブル席、窓際の席を見回した。


だけど、田所賢也の姿は見えない。


「おかしいな……どこに行ったんだろ!?」


私は焦った。


まさか、ロープやチェーンの張ってある立ち入り禁止区域に入った?芹沢さんに言って、禁止区域に入っても構わないか確認しようか……!?


迷っていると、上の階から、大きなざわめきが聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る