第20話 クルーズスタート

少しして、船内に出航を告げるアナウンスが流れてくる。化粧室で、急いで紺色のクルーの制服に着替えた私は、Cデッキのエントランスに行く。


見ると、乗客を全員乗せ終わった本宮君がエントランスに立っていた。


そして、制服姿の私を見つけると、じっと見つめてくる。


「……」


無言で、ただ見つめてくる本宮君に戸惑う私。


「あの、どうかした?」


「いいわね、その制服」


「……え?」


ドキッと胸が高鳴った。


(まさか……私の制服姿を誉めてる?)


「あ、ありが……」


照れながら、私が言いかけると。


「アタシも、そっちの制服着たかったな」


……は?な、なに。制服姿の私じゃなくて……女子用の制服が着たかったってこと?


紛らわしいよ!!もうっ、イケメンかオネエのどっちかにしてよぉぉ~!!


胸キュンの無駄遣いに、心の中で叫ぶ私には気付かずに本宮君が言った。


「出航したわね」


エントランスの窓の向こうを見ると、船体が少しずつ埠頭を離れていくのが分かる。


それと同時に、船内にアナウンスが響いてきた。


『ご乗船の皆様、本日はクイーンメリー号のディナークルーズをご利用頂きまして、まことにありがとうございます。これから約二時間の船の旅をどうぞお楽しみください』


爆破予告のあったディナークルーズが、今始まる。


「このディナークルーズは、乗船のみでもOKなんだけど、だいたいの乗客はディナーを予約していて、予め予約しておいた各層のレストランで食事をしながら過ごすのよ」


隣の本宮君が言った。


「事前に調べてみて分かったんだけど、注意しなければいけないのが」


本宮君が続ける。


「田所賢也は、レストランを予約していないの。レストランを予約していれば、動きが分かりやすいんだけど……していないとなると、どこにでも自由に動けるから、よく見張っていないといけないわ」


「そうだね」


「田所賢也は、桜井が尾行してくれる?芹沢君にも、それとなく田所 賢也の行動を気にしててって言ってあるわ」


「うん、分かった!でも、本宮君はどうするの?」


私の質問に、意外な答えが返ってきた。


「アタシは、他に気になる人物がいるから、そっちを見張るわ」


えっ……?田所以外にも、そんな人物がいるの?


「じゃあ、ヨロシクね」


「あ、本宮君、ちょっと待って!芹沢さんは、この爆破予告のことって知ってるの?」


実は、この爆破予告に関して、ほとんどのクルー達に知らせていないことが分かっている。この情報は、なるべく最小限に止めるようにと指示が出ているのだと三谷船長が言っていた。


「彼は知ってるわよ。一週間前、クルーズに乗船した時の彼との会話で分かったわ」


「そうなの?でも、芹沢さんとは、あの予告の話はしなかったよね?」


「覚えてない?彼との会話」


そう言われて、芹沢さんとの会話を思い浮かべてみる。


「彼がAデッキの案内をしてくれた時のことを思い出して?彼は、こう言ったの。『この先は、特別室があります。予告のあった日、解放予定はなく通行止めにしているはずです』ってね」


「そう言えば、そう言ってたかも?」


「そんな台詞、あの爆破予告を知らなければ出てこないでしょ?」


「確かにそうだね!」


すごいな、本宮君。


普通だったら、聞きこぼしてしまいそうな細かい会話の内容も、よく聞いてる。


「分かったわ!私は、田所賢也を尾行すればいいんだね」


「頼んだわよ」


「任しておいて!」


「もしも、田所が何か不審な行動をしているのに気づいたら、一人で対処しないで、すぐアタシに連絡して」


「了解」


私が意気込んで答えた後、本宮君がふと言う。


「実は、今回の件で、調べていて不審な点があるの」


「え……不審な点?」


突然の言葉に、私は聞き返した。


「ええ。もしかしたら、それが、今回の予告の真相かも」


「真相が分かったの、本宮君!?予告犯は、誰なの!?」


何かに気づいているかのような本宮君に、私は興奮した。


でも、そんな私に本宮君は冷静に返す。


「今はまだ確証を持てない。でも、きっとこのクルーズが終わる時には分かるはず。真実がね」


真実……。


このクルーズには、一体どんな真実が隠されているんだろう?


「じゃあ、また後でね」


本宮君は、そう言うと、螺旋階段を上って行った。

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