大型客船爆破予告事件(後編)

第19話 予告当日


それから一週間後の6月19日の日曜日。


「じゃあ、行ってくるわね」


事務所の入り口で、本宮君が言う。


「……うん。行ってらっしゃい」


私は、ぎこちない笑顔を作ると右手を小さく振った。いつもと変わらない表情で、本宮君が事務所を後にする。


事務所内の壁掛けの時計を見ると、午後5時。クイーンメリー号のディナークルーズまでは、まだ二時間ある。


本宮君は、今日のクルーズに、クルーとして乗り込むことになった。その方が、乗客として乗船するより動きやすいからだと言って。


(こんな時に、一人で留守番なんて……)


気持ちが落ち着かない。本宮君がクルーズから無事に帰ってくるまで、何も手につかない予感がする。


「はぁ……」


ため息が、一つ溢れた。


いまだに、分からない爆破予告犯。


過去に争っているにも関わらず、あえて事故当時と全く同じディナークルーズに予約を入れてきた田所 賢也。


何か、このクルーズで企んでいるんだろうか?調査を進めれば進めるほど、やっぱり、このクルーズで何かが起きるような気がしてきた。


本宮君だって、きっとそんな予感はしてるはずなのに。


『アンタは、事務所で留守番よ』


私だけ、こんなところで待ってるなんて……。


それから、しばらくの間、気を紛らわせるために、本宮君の残していった資料とかを眺めていたけど。


(やっぱり、私)


私は、本宮君から預かっていた事務所の合鍵を棚の引き出しから取り出すと、事務所を飛び出した。急いで駐車場に行き、車に乗り込むと、エンジンをかける。


事務所周辺の繁華街は、日曜日の夕方とあって、いつも以上に混んでいた。少し進んだと思っても、すぐに赤信号に引っ掛かる。


「もうっ!早く進んでよ!」


なかなか進まない車に、イライラして、思わずハンドルを叩いた。


(こんなことなら、最初から)


本宮君と一緒に行けば良かった。


今さらの後悔が込み上げる。


交差点の信号が青に変わった瞬間、私はアクセルを踏みこんだ。


混み合う道路を走り抜けて。私がクイーンメリー号の出航する埠頭に着いたのは、6時45分を過ぎていた。


もう乗船が始まっていて、乗客達が乗り込んでいっている。私は周りを見回して、乗船口に立って、乗客のチケットを確認する本宮君と芹沢さんを見つけた。


「本宮君!」


私が駆け寄ると、本宮君が驚いた顔をする。


「桜井!?」


「あれ?桜井さんも来たんですか?」


そう言った芹沢さんの両肩をガシッとつかむ。


「芹沢さん!クルーの制服、もう一着お願いします!」


「はい……?」


「お願いします!」


「えーっと、あの……」


「お願いします!」


「わ、分かりました……!ちょっと待っててください」


訳も分からず押しきられた芹沢さんは、乗降口を離れて事務所へ向かってダッシュして行った。


「アンタ、何やってるのよ?」


本宮君が呆れた顔で、私を見つめる。


「だって、一人で事務所で待ってるの、つまんないんだよね」


「……」


少しの間黙っていた本宮君だったが、はぁとため息をつくと言った。


「アンタ、高校の時と全然変わらないわね」


「え?」


「ずっとバスケ部のエースやってただけのことはあるわ」


「なによ。それなら、そっちだって、そうじゃない」


私がそう言うと、本宮君は笑った。


「桜井さ~ん!」


振り返ると、芹沢さんが一着の制服をつかんで、こちらに走ってくる。息を切らしながら私のところに来ると、芹沢さんは持っていた制服を私に渡しながら言った。


「サイズ、だいたい、これでいいと思いますけど」


「ありがと!」


「もう出航まで時間ないんで、船内で着替えちゃってください」


「うん!」


私は答えると、制服を持ってクイーンメリー号の船内にダッシュしていった。

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