第16話 まさかの宣言

「気持ちいい風!船内もガラス張りで外の風景見れるようになってたけど。やっぱり外のデッキから見ると格別だね~」


私は両腕を上に伸ばす。


「そうね」


隣に立つ本宮君の髮が、潮風になびいていた。


「いつも船に乗る時は、外のデッキから景色を眺めてたわ。夕暮れから夜に変わっていく時間が好きだった」


細められた本宮君の瞳は、海の向こうに広がる街を映し出している。


「久しぶりよ。誰かと一緒に客船に乗るのは」


彼の瞳が、何かを想って揺れている。


(本宮君……?)


その瞳の意味を聞きたいけれど、どこか簡単に触れてはいけないもののような気がして、聞くのを躊躇ってしまう。


「そう言えば、田所心海ちゃんが転んで怪我をしたのは、このデッキだったわね」


不意に彼がそう言ったので、私は意識を引き戻した。


「そ、そうだね!」


本宮君の瞳から視線を外して、改めて周囲を見てみる。


外のデッキって、もっとフラットなのかと思ってたけど。意外に出っ張りがあったりして、下手をするとつまずくこともあるかもしれない。昼間ならまだしも、事故当時は今と同じディナークルーズ。視界が悪く、四歳という小さい子供なら、走ったりすると怪我をすることも充分ありうる。


「やっぱり田所賢也が、心海ちゃんの怪我のことをまだ許せなくて、それであんな爆破予告なんてしたのかな?」


デッキを歩いて見て回っている本宮君に聞いてみる。


「うーん……」


少しだけ考えるような様子の後、本宮君は言った。


「彼が予告状を出すのは、ちょっと引っ掛かるのよね」


「え、引っ掛かるって、何が?」


本宮君の意外な言葉に、私は聞き返す。


「考えてもみて?過去にあんな事故や訴訟で争っているのにも関わらず、同じディナークルーズの予約を入れている。そして、あの爆破予告なんて出したら、真っ先に疑われるじゃない?」


確かに、そう言われれば、そうかも。


「自分が犯人だと言ってるようなものよ。あまりにも大胆すぎる」


「そうだね。じゃあ、他の誰かが予告犯ってこと?」


「そうねぇ……」


いろいろ考えを巡らせるように、本宮君は顎に指先を当てながら言う。


「そもそも、犯人は、何で予告状を出したのかしら?」


……え。疑問、そこから?


「仮によ?本当にクイーンメリー号を爆破させたいなら、予告状なんて出さず、当日いきなり実行した方が成功率が高まるじゃない?予告状なんて出したら、警戒されて実行しにくくなるだけよ」


「確かにそうかもしれないけど。だから、ほら、アレじゃない?本宮君も言ってたじゃない。ただの愉快犯かもって」


「そうねぇ。単なる調査不足かもしれないけど、予告の日に乗船予定の人物達を含めて、誰かが犯行予告を出した痕跡は見つかってないのよね、今のところ」


結局。犯行予告を出した犯人は、今のところ分からず、そして当日、何か起きるのか起きないのか分かんないってことだよね。


どうしたもんかと思っていると、本宮君が突然予想外の宣言をした。


「アタシ、予告のあった6月19日のクイーンメリー号のディナークルーズに乗船しようと思ってるの」


……え?乗るの、予告のあった日に!?


「まだ一週間あるけど、もし予告状を出した犯人が分からないまま予告当日が来たら、クイーンメリー号に乗るわ」


犯行予告に負けないくらいの大胆宣言に、さすがの私も焦る。


「いやいやいや、本宮君!さすがに危ないよ、それは!万一って事があるしさ?」


「大丈夫。アンタは事務所で留守番しておいてくれればいいから」


「なんだ、そっかぁ。私は留守番なら安心だねって……違う違う、そうじゃないっ。本宮君が危ないって言ってるんだよ!?」


必死に訴える私に、彼の一言。


「アタシ、こう見えてタフな女よ?」


……えーっと。いろいろ突っ込んでいいかな?


そんな攻防を繰り広げる私達のすぐ側から、ボソッと声が聞こえてきた。


「何なの、アイツら、うっさいんだけど」


その声にハッとして視線を向けると、若いカップルが私達を睨んでいる。周りを見ると、いつの間にか、夜景を見ようと外のデッキに出てきたカップル達が、こちらに冷たい視線を送っていた。


「す、す、すみません!」


本宮君との攻防戦が白熱して、他の乗客達も外に出てきてたことに全然気づかなかった。


「いったん船内に戻る?」


「そうだね」


本宮君の言葉に、私達は再び船内に戻る。Aデッキから階段を下りて、Cデッキまで戻ってきた。

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