第17話 Dデッキ

「あら、そう言えば」


本宮君が、ふと口にする。


「Dデッキを案内されてないわね」


「あ、ほんとだ!」


芹沢さんの最初の説明からすると、今いるCデッキの下にDデッキがあるはず。


そこへ、紺色の制服を着た若い女性のクルーが、こちらに向かって歩いて来た。


「あの、すみません」


本宮君が声を掛けると、女性クルーが立ち止まる。


「はい、何でしょうか?」


「Dデッキに行ってみたいのですが、どこですか?」


本宮君の質問に、女性クルーは答えた。


「申し訳ありません。Dデッキは、この向こうにありまして」


そう言って、彼女が手のひらを向けた方を見ると、下に続く階段の手前にロープが張られている。


「Dデッキはホールがあるのみで、特別な時にしか解放されないんです」


「そうなんですね。分かりました、ありがとうございます」


本宮君が言うと、女性クルーは軽く頭を下げて、その場を立ち去った。


「Dデッキも、A デッキの特別室と同じで、普段は乗客は入れないようになってるんだね」


「そのようね。あ、ねぇ、向こうのバーに入ってみない?」


本宮君が右手奥に見えるバーを指す。


「そう?じゃあ、せっかくだから寄ってみようかな?」


お洒落な船内のバーの雰囲気を楽しむのも良いよね。


私達は、照明を落としたバーの店内に入って行った。


バーには若いカップル三組と、女性同士の二人組しかいない。私と本宮君は、海に向かった窓際の席に座った。


「好きなもの頼みなさい。おごってあげる」


本宮君の言葉に、黒いメニュー表を手にする。


「ありがとう!じゃあ、私はハーブティーで」


「分かったわ」


本宮君はそう言うと、カウンターに向かって手を上げた。


すると、バーテンダーの制服を着た男性クルーが、こちらにやって来る。


「ご注文は?」


「ハーブティーとアイスコーヒーを一つずつ」


「かしこまりました」


クルーは頭を下げると、またカウンターへと戻って行った。


「いいねぇ~。海の向こうの夜景を見ながらまったりするの」


「そうね。仕事じゃなかったら、もっとゆっくり楽しめるんだけどね」


……プライベートなら、本宮君はどんな相手と来るんだろう?


オネエだから、やっぱり男性と?


ていうか、彼氏とかいるのかな?


まさか……あの秀ちゃんて刑事が彼氏とか?


変な方向に想像が行きかけた時。


バーテンダー姿のクルーが、飲み物を運んで来た。


「じゃ、ひとまず乾杯」


本宮君がアイスコーヒーの入ったグラスをこちらに傾けて来たので、私もハーブティーのグラスを手に取り、彼のグラスに傾ける。小さなグラスの触れ合う音を聞いた後、私はグラスに口をつけた。


「バーの雰囲気を楽しみたいところだけど。ここで、今回の依頼を整理してみましょうか」


そう言って、本宮君は話し始める。


「まず一週間前に、クルーズ会社のホームページに、差出人不明の爆破予告のメールが届いた。予告日は、今から約一週間後の6月19日」


「うん」


「場所と時刻は、クイーンメリー号のディナークルーズ。クルーズは夜の7時から9時」


「うん」


「予告当日の予約客は、全部で35組。その中に、二年前、4歳の子供が船上で怪我をしてクルーズ会社と争った田所 賢也がいる。そして、いまのところ、予告犯は分かっていない……」


グラスに入っていた氷がカランと鳴った。


その時、バーの入り口の方から靴音が近づいてきて、私達のところで止まる。


「本宮さん、桜井さん。ここに居たんですね」


見ると、クルーの芹沢さんが立っていた。


「もうすぐ、明石海峡大橋の側まで行きます。外のデッキからライトアップされた大橋を眺めてみませんか?」


「へぇ~、そうなんですね、見てみたい~!本宮君、行ってみようよ?」


「そうね」


私と本宮君が立ち上がると、芹沢さんが言う。


「飲みかけの飲み物は、そのままにしておきますよ。また外から戻ってきたら、バーで楽しんでください」


「そうなんですね、ありがとうございます」


そう言って、私達は芹沢さんの後に続き、Cデッキのバーを後にした。

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