第14話 一瞬のトキメキ

その後、クルーの何人かに聞き込みをしているうち、徐々に日が落ちてくる。6月の初めだから、だいぶ日も長くなって、6時を回っても、辺りはまだ明るさを残していた。乗船ロビーには、ディナークルーズに乗るのかと思われる人達が、少しずつ増え始めている。


「いいなぁ、ディナークルーズ」


夕焼けに照らされた白い船体を見つめながら、私は呟いた。


すると、本宮君が……。


「一緒に乗ろうか?」


「……えっ?」


ドキッと胸が波打つ。


「あ、あの……それって、どういう?」


急に顔が熱を帯びていく私に、本宮君が冷静な一言。


「予告のあったディナークルーズを一度実際に体験してみた方がいいと思うのよね」


「……」


そういう意味ね。紛らわしいよ!!


一瞬トキメいちゃったじゃないよっ。


「今度、事前に三谷船長に聞いてから乗りましょ」


「……だね」


ため息をつきながら、私は答えた。


クイーンメリー号の今日最終のクルーズの時間が迫ってくる。辺りは、夕焼けをうっすらと残しながらも、夜の色も少しだけ溶け込んだ美しい空模様の中、乗客が客船へと乗り込んで行くのが見えた。


そして、定刻の7時。


乗客達を乗せたクイーンメリー号は出航していく。埠頭から離れていく客船を見送った後、本宮君が言った。


「今日は戻ろうか?」


「うん」


私達はハーバーランドの駐車場へと再び戻り、本宮君の車に乗る。


「思わぬ収穫があったね」


シトラスの香りが漂う車内で、私は言った。


「田所 賢也のこと?」


「そうそう!怪しさ満載じゃない。もう、彼が犯人で間違いないんじゃない?」


「確かに、彼は怪しいわ。そして、仮に彼が予告状を出したのだとしたら、あの日乗船予約を入れているということは、実際に何かをする可能性がある」


それって、本当に爆弾を仕掛けるってこと?


そしたら、そのクルーズは相当危険じゃない!


「本当は警察にも相談出来るといいんだけどね。そうすれば、当日、乗客の手荷物検査なんかもしやすいし」


「社名が傷つくからとか言ってたけど。三谷船長のいう通り、安全が一番なのにさ」


「そうね」


そう言うと、本宮君はハンドルを右に切った。


「田所氏は、今のところ一番マークする人物であるのは間違いない。でも、まだまだ情報を収集しないと分からないわ」


「慎重だね、本宮君は」


単純な私は、もう田所 賢也が予告状の犯人決定なんだけど。


「調査は、一つの情報からだけでは偏るわ。多くの情報を集めた上で、判断するのが大切よ」


職業柄なのか、元々の性格なのか。やっぱり本宮君、冷静だ。


そのうち、私達を乗せた車は、三ノ宮の繁華街に差し掛かった。密集した人の群れと車の波で、街中は溢れかえっている。


そんな雑踏を縫っていくと、車は、事務所近くの駐車場に着いた。


実は、この駐車場は、事務所の入っているビルのオーナーが管理している駐車場で破格の値段で借りている。


薄暗くなった駐車場に車を停めると、本宮君と私は、歩いて事務所に戻り始めた。


それから一時間くらい事務所で作業をした後、私は、まだ作業をしている本宮君を一人残して、事務所を後にする。


夜も9時を過ぎた頃、私は自分の車を運転して、独り暮らしの自宅マンションに帰宅した。

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