第3話 調査スタート

 

「……ただいま」


ぶっきらぼうに言った本宮君に、私は謝る。


「本宮君、ほんとにごめん!」


彼は、あの後、洋服を汚してしまったお詫びに沢城さんを自宅まで車で送ってきたのだ。


「沢城さんの服のクリーニング代、アンタの給料から天引きよっ」


「……うん」


初日早々、失敗のための天引きに正直へこむ。


「それより、明日から聞き込みを開始するわよ」


「聞き込み?」


「以前、彼女が働いていた職場にね。付けられてるような感覚が、前の職場で働き出してから始まってる。だから、職場内の人間に、彼女が働いていた時のことを聞いてみるの」


「なるほど。……あ、恵さんは大丈夫かな?」


「明日は、夫婦でお休み取ってる。だから、恵さんにはご主人が付いてるから大丈夫」


「そっか、分かった。えっと……あの、私は何したらいい?」


本宮君は、少しだけ考えた後に言う。


「まず、アンタはまともなお茶が入れられるようになって」


……ですよね。 



そして、次の日。パソコンで情報整理した本宮君は、午前中に、沢城さんの以前の職場へと出掛けていった。


私は一人、事務所で留守番。掃除と書類やデータの整理、それから新たな依頼の受付けなんかを任されている。


前の助手の人が辞めて以来、数ヵ月間、一人で全部処理していたから、アンタが来てくれて助かるわ、と本宮君に言われた。


「もう、お昼かぁ」


壁掛け時計を見ると、12時を少し過ぎている。コンビニで、お弁当でも買ってこようかなと思い、空気の入れ換えのため開け放っていた窓を閉めようと、窓辺に立った。


「ん?」


下を見ると、このビルの向かい側に、黒い車が一台止まっている。


窓を閉めた後、事務所に鍵を掛けてビルの外に出た。


さっきの車が何となく気になって見てみると、サングラスを掛けた人物が乗っていた。

気にはなるけど、あんまりジロジロ見てもなぁと、私は近くのコンビニに向かう。


昼時だから店内はすごく混んでいて、お弁当の棚の前で何にしようか迷ってると、バッグの中のスマホが鳴る。画面を確認すると、本宮君からだった。


私はいったんコンビニを出ると、本宮君の電話を取る。


「もしもし、本宮君?」


「桜井お疲れ。どう、そっちは?」


「うん。事務所掃除して、書類とか整理してた」


「新しい依頼は来てない?」


「今のとこないよ」


「そう。アタシ、夜の7時前には帰るから」


それじゃあねと言って、本宮君からの電話は切れた。


私は、もう一度コンビニに入ってカルボナーラとアイスコーヒーを買うと、再び事務所のビルに戻る。さっきの黒い車は、もう向かいの道路にはいなかった。


それから、夕方の6時半頃、事務所の鍵が開く音が響く。


「お帰り、本宮君」


「ただいま」


グレーのジャケットを脱ぐと、本宮君は持っていたビニール袋をテーブルに置いた。


「これ、お土産」


「え、何?」


ビニール袋の中身を取り出してみると、美味しそうなお弁当が。


「イイ子に留守番してたご褒美よ」


「ありがと!今、お茶入れ……」


「お茶は、アタシが入れるわ」


「……うん」


まだ、私の入れるお茶は警戒されていた。


「で、今日何か分かった?」


そう聞いてから、私はお弁当に入っていた明石のタコ飯を頬張る。


「そうねぇ。例のストーカーへ直接結び付くような情報は取れなかったけど。沢城 恵は、男性社員に人気があったようね。それで、調べていて気になった人物が四人いるの」


そう言うと、本宮君はお茶を一口飲んだ後、続けた。


「まず一人目。平野真紀ひらの まき。沢城さんと同じ部所にいた同僚の女で、彼女に対して嫌がらせをしてたみたいね」


「嫌がらせって?」


「まあ、良くある女の世界のイジメね。沢城さんにだけ仕事の伝達を伝えなかったり、女子の間で無視したり。陰湿よね~」


ああ……典型的な嫌な女子の世界だな。


「ここからは、男性よ。二人目は、同じく元同僚の金子勝かねこ まさる。周囲に沢城さんのことが好きだと言ってたみたい。何度か実際に、沢城さんを食事に誘ったりとかしたらしいけど。結局、片想いで終わっちゃったのね」


そういうことになるよね。だって、沢城さんはご主人がいるから。


「それから、三人目。同じく同僚の杉田裕也すぎた ゆうや 。やっぱり彼も沢城さんのことが好きだったらしいけど、金子みたいに彼女を積極的に誘ったりはしてなかったみたい」


「ふーん、なるほど」


私は頷きながら、お茶に手を伸ばす。


「で、最後の四人目が、課長の桐谷龍一きりたに りゅういち。この男が、一番沢城さんにしつこく言い寄ってたみたいなんだけど、社内でも有名な遊び人なんだって」


ああ、私の一番嫌いなタイプだ。


「いろんな女の子に声をかけたり、付き合ったりしてたみたい。これだから男はイヤよねぇ」


オネエならではの発言をして、ため息をつく本宮君。


「これで四人全員かぁ。何か、みんな怪しいね」


「そうね。でも、まだまだ情報が足りないわ。また明日も聞き込みね」


「恵さんは、どうするの?今日はご主人もお休みで一緒だったから安心だったけど。明日は出勤なんじゃ?」


「そうなのよ。聞き込みと、彼女を付けている人間がいないか見張る。この両方を進めたいわけよ」


そこまで言った後、本宮君がまっすぐ私を見つめる。


「だから、明日は二手に分かれて調査するのよ」


「……え?どういうこと?」


「明日は、アタシが恵さんを尾行する。それで桜井が、前の職場に聞き込みに行って来るの」


ええ~!?私が聞き込みに行くの?


「無理無理無理!私、そんなのしたことないもんっ」


全力で拒否る私に、本宮君がニッコリ微笑む。


「大丈夫よ。ちゃんとコツを教えるから。お弁当を食べ終わったら、明日聞き込みして欲しい人のリスト見せて説明するわ」


「う……うん」


私が小さく答えると、今まで説明に集中して全く食べていなかった本宮君が、お弁当に箸を伸ばした。

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