【第一章 放課後と魔女たちと③】
「あの研究会、思った以上に濃い面子がそろってたな……」
「ええ、本当に。予想外もいいところです……」
ハルとアーシャはしみじみと感想を言い合った。
みんなで
四月もついに終わりかけ、すでに
この日も休日だった。
学校にも行かず、昼前から江東区内の住宅地を歩いている。
「そういやさ。アーシャは結局、文芸部に入部してたけど、いいのか?」
「思うところがいろいろありまして。私はこれを機会に生まれ変わってみせます」
「どういう意味だい?」
「ふふふ。晴臣にも今にわかります……」
ふたりはとある神社の前までやってきた。
鳥居をくぐり、境内に入る。
なかなかの広さだった。
しかし、待ち合わせの相手はいない。
拝殿と賽銭箱のそばできょろきょろしていると、声をかけられた。
「春賀くん、こっちよ!」
ハルは声の方を見た。拝殿からすこしはなれた場所に木造の建物がある。
道場のようだった。
そして、窓から織姫が身を乗り出し、手を振っている。
その瞬間、ハルはハッとして、大きく目を見ひらいた。
これは……!
今日の織姫は制服でも、私服姿でもなかった。
いわゆる巫女装束だ。
白衣に緋袴のトラディショナルな和風スタイル。
薄着である。グラマーである。
しかも、織姫は窓から大きく身を乗り出してくれている。
いい具合にわがままなラインが強調される。
ハルはフッと微笑んだ。
鏡を見たら、美形悪役よろしくニヒルに笑う顔がうつるかもしれない。
「晴臣……? 珍しくキリッとした顔をして、どうしたんですか?」
「いいや、べつに。十條地が待ってるし、行こうか」
いぶかしそうなアーシャの追及をさりげなくごまかし、さっさと道場に向かう。
古く、立派な木造建築だ。
古びた雰囲気が重厚さを醸している。
なかに入ると、織姫ではない巫女さんが出迎えてくれた。
「おふたりともおひさしぶりです。この間はご迷惑をおかけしました……」
織姫の従姉妹、リヴァイアサン
巫女装束を着た小柄な少女は、白坂羽純だった。
ぺこりと頭を下げてくれる。
ソスとの戦いのあと、人質とされた羽純はひとまず検査入院となった。
入院中、ハルとアーシャは織姫に連れられて一度だけ見舞いにいった。
そのとき以来の再会である。
「体の方はもういいんですか?」
「はい、わたしの方はどうにか……。ただ水無月の方がやっぱり――」
ソスに『血を吸われ』て昏睡した水無月、いまだ回復の兆しはないようだ。
アーシャに答えてから、羽純は悲しげにうつむいてしまった。
見ているだけでやさしい性格がわかる。
なんとなく羽純をまっすぐ見られず、ハルはごまかすように織姫へ顔を向けた。
「ところで、今日はどうして巫女さんの格好なんだい?」
「午前中、ここでアルバイトしてたの。わたしや羽純の家は昔からこの神社の氏子で、ときどき巫女の仕事を頼まれるのよ」
事情を聞いてハルはうなずいた。
織姫と羽純の巫女姿、たしかにコスプレ感がうすく、着なれている感じがする。
「この間の儀式で使った鏡も、実はこちらの厚意で探してもらったものなの」
「ああ。
「魔女のこととかミーティングするわけだから、その辺のお店でお茶しながらってわけにもいかないでしょう? だから道場を貸してもらったのよ」
「神社のなかに道場があるなんて変わってるな」
道場の壁にかかる『香取大明神』の掛け軸や重そうな木刀、長短さまざまな棒、杖、木製のなぎなた等が“いかにも”な武張った空気を醸し出していた。
「ここで剣道とか稽古するのかい?」
「ええ。幕末の頃の神主さんが小野派一刀流だかの達人で、免許皆伝をもらった勢いにまかせて造ったそうなの。わたしもここで剣道を習ってたんだから」
「えっ、君も?」
「織姫姉さまは昔から、評判になるくらいの腕前だったんです」
にっこりと笑いながら、羽純が言った。
あいかわらず印象的な笑顔だった。
やけにまぶしいというか、その透明感にハッとさせられる。
さっきの気まずさを忘れて、ハルも見つめてしまったほどだ。
ちょっとだけ居心地が悪い。
ごまかすようにハルは訊いた。
「えっと……評判って、大会に出てたとか?」
「はい。そういうのにも出ていました。姉さまは中学を卒業するまで剣道をやっていて、一度、全国大会で優勝したこともあるんですよ」
織姫のすごさを語るのがうれしいのだろう。
羽純はやわらかな笑顔だった。
作り笑いなどではない。
純度でいえば真心一〇〇%。表情だけで、彼女が歳上の従姉妹を本当に好きなのだとわかってしまう笑顔。
そのまぶしさに、ハルは頭をかいて目をそらしたくなったのだが。
しかし、それはそれとして、今の話につっこみどころを見出してしまった。
「あの、羽純さん? よくわからないところがあったのですが」
訊ねたのはアーシャだった。
同じことに気づいたようだ。
「そういう公式大会以外で腕前が評判になるイベントって何なんでしょう? すいません、日本のスポーツ事情に疎いもので」
「あ、はい。実はわたしもくわしくは知らないんですが」
羽純が答える横で、ハルは話題の当人に目を向けた。
織姫は壁にかかっていた木刀を取り、「わ、なつかしいわあ」などと話が聞こえてない体で素振りなどしている。わざとらしい。
疑惑が確信に変わる。
続く羽純の証言がそれを裏づけてくれた。
「子供の頃の姉さまはご近所で『どんな男の子よりも強い女の子』として、知る人ぞ知る存在だったそうです。なんでも、わざわざ隣の区から腕に覚えのある男の子が挑戦に来たこともあったとか」
「挑戦に来てた……つまり、ケンカを売られてたわけか」
ハルがつぶやくと、羽純はあわててかぶりをふった。
「け、ケンカ!? とんでもないです。姉さまはいつも『いざ尋常に勝負した』とか『正々堂々の立ち合いをした』って話してましたよ?」
「それ、全部『ケンカしてきた』の意訳だから」
「ええっ!?」
びっくりする羽純にうなずきかけ、それからハルは織姫を見た。
意図的に印象操作していた元剣道少女は『てへっ』という感じで微笑んだ。
「まあ、小学生の頃にはみんなよくやるヤンチャよね。さすがにわたしも中学校に上がる前、小六のときに卒業したわ」
「むしろ、卒業時期としては遅い方じゃないかな」
「弱い者いじめしてる男の子しか相手にしなかったし。剣道やってるからって竹刀を使ってたわけじゃないし。ちょっとおじいちゃん直伝の柔術技を出したくらいで」
「ある意味、君も弱い者いじめしてたわけか」
「とにかくね。弱きを助け、強きをくじく『深川の小天狗』といえば、わたしのことだったの。正義の味方だから、鞍馬天狗でもよかったんだけど」
「それ、自分でつけた呼び名だろ。今どき天狗を持ってくるあたりが君らしいよ」
そういえば、前に織姫が口にした『これでもケンカが強い』カミングアウト。
この幼少期と剣道全国制覇の実績がルーツだったらしい。
「まあまあ。みんな昔の話よ。魔女の仕事があるから、今は剣道もお休みしてるし」
さばさばと織姫は言って、みんなの顔を見まわした。
「それより報告があるの。昨日、友加里さんと会ったんだけど……そのとき、さりげなく訊かれちゃったわ。どうやって
「「うっ」」
研究機関《
関東の魔女を総括する術務顧問・柊友加里。
やはり彼女のチェックが入ったか。
ハルとアーシャはうめいた。
「この間の『
「とりあえず、みんなで決めていたとおり『気づいたら
「信じるかな、柊さん」
「真実を報告しても信じてもらえるかは微妙ですが」
火之迦具土、弓の
謎が多すぎる。
うかつに報告したら、どんな展開になるか読めなさすぎる。
むずかしいことばかりだった。
もっと情報が出そろうまで、秘密にしておこうとなったのである。
「まあ、『館』の移転先捜しで柊さんも当分いそがしいはずです。本格的につっこまれることは当分ない……と思いたいですね」
アーシャが言った。
前回、戦場になった新木場の埋め立て地。
戦闘中、ラーク・アル・ソスの放った焔があそこの『魔女の館』へ落ちていたのだが。
消火が間に合わず、結局そのまま全焼してしまった。
大量の魔導書や呪具などは、保管場所が地下だったおかげで幸いにも無事である。
それらを運びこみ、仮の『館』として使用できる場所を確保しようと、柊さんはじめ関係者が動いている最中なのだ。
「そういえば、
あんなやつでも貴重な情報源だ。
たまには話をしておきたいのだが。
「しばらくは親父が残した資料をあさって、あの石のことを調べてみるか」
父の形見に仕込まれていた呪石。
あれをハルの父・春賀孝文はどのような経路で入手したのか。
そのあたりから調べてみるつもりだった。
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