【第一章 放課後と魔女たちと】
【第一章 放課後と魔女たちと①】
四月もすでに下旬、東京新都は春爛漫だった。
この春、関東地方は温暖で、気持ちのいい快晴続き。
だというのに、一年F組の教室でしかめ面をしている美少女がいた。
アナスタシア・ルバシヴィリ。通称アーシャ。
すこし前に転入してきた留学生――ということにしてある。
もっとも、もう何年も『ふつう』の学校とは縁がない。
彼女はヨーロッパ各地で研鑽を積んだ
一時期は軍隊で『研修』もしていた。
火器のあつかいや近接格闘の心得もある。
あらゆる環境で生き抜くサバイバル技術については才能を絶賛され、特殊部隊の訓練に誘われたほどだ。
そう、どんな環境にも順応できるのがアーシャの特技。
幼なじみの
しかし、すでにアーシャは得意の順応力を発揮していた。
たまにとまどうこともあるが、おおむね快適な日々を送っている。
だから、慣れない学校生活のストレスが不機嫌の理由ではなかった。
「知ってる!? なんかね、
これだった。これがアーシャをいらつかせる原因なのだ。
話しかけてきたのは、うわさ好きの同級生女子・船木さんだった。
「そ、そんなうわさがあるんですか?」
機嫌の悪さが声に出ないよう努力しつつ、アーシャは作り笑いした。
「で、でも、晴臣の幼なじみである私が聞いてないくらいです。あまり信用できる話じゃなさそうですよ?」
「いやいやあ。つきあいはじめたばっかの彼女と旅行に行くんだよお」
ゴシップが大好物の船木さんはにこにことコメントする。
小柄で、頭の両サイドで髪をまとめ、ツインテールにしている。
そして、
「幼なじみに報告する男子っているかなあ。春賀くん、絶対そういうの隠しそう」
浮ついているだけに見えて、意外と観察眼がある船木さんだった。
たしかに、そういうとき晴臣が饒舌になるとは思わない。
アーシャも同意見だった。
「そこがわかるなら、あのふたりが恋人なんてデマ、信じなくていいでしょうに……」
思わず、口のなかでモゴモゴやってしまう。
幼なじみと十條地
アーシャを愕然とさせ、そして不機嫌にさせた原因がこのうわさだった。
当事者たちが放置しているのも腹立たしい。
晴臣と織姫いわく『さんざん否定したけど無意味だった』とか。
ならばと、転入まもないアーシャが『私、そんな事実は知りませんっ。ただのうわさです!』と主張したところ。
『ふたりとも照れくさくて、なかなか言い出せないんだよお(船木さん談)』
このようなリアクションばかりだった。
今日も休み時間中に『早弁』なる日本式食事法を実践していたら、うれしそうに船木さんが新情報を教えにきたのである。
アーシャは空にした弁当箱のふたを静かにしめた。
認識をあらためる。
これは一種の情報戦なのだ。
人はしばしば真実よりも、己が信じたいと願う虚報を事実として受けいれる。
本当らしく粉飾された虚言を真に受けてしまう。
晴臣&織姫が『恋人』だと信じたい人々にそれを否定してまわっても無意味。
ならば、より過激な情報を発信し、すでに流布した情報を上書きしてしまうのだ!
「――今までないしょにしていたことがあります」
アーシャはシリアスな表情を作り、声を低めた。
「晴臣の恋の相手は織姫さんだけではありませんっ。実は、晴臣は幼なじみの私にも色目を使い、二股をかけている人間のクズ、最低のゲス野郎なんです!」
「またまた冗談言って~。春賀くんとアーシャさんにかぎって、それはないよ絶対」
あっさりと切り捨てられたが。
アーシャは唖然とした。
船木さんなら裏も取らずに面白がり、うわさを広めてくれると思ったのに!
「じ、冗談でも仮想現実でもオンラインゲームの話でもなくて、本当にウソ偽りない真実なんですよ? 最近の若者風に言うと『マジだから!』です」
「あはは。アーシャさん、日本語が上手いよね。でも、冗談はイマイチかな」
船木さんは朗らかに笑い、取りあってくれない。
「ど、どうして信じてくれないんですか!?」
「そりゃ女子の勘、乙女のフィーリングだよお。春賀くんとアーシャさんからはね、そういう雰囲気を全然感じないもん!」
「そういう雰囲気とは!?」
「んー。恋愛関係になりそう/なってる/なっていた雰囲気」
「まったくもう。この画期的な新戦術で、みなさんのあやまった認識を修正できると思ったのに……。がっかりです、ほんと」
特盛りS定食をパクパクたいらげながら、アーシャは嘆いた。
昼休みの学生食堂に、ハル・織姫と共にやってきたのだ。
尚、定食の『S』はスペシャルを意味する。
特大メンチカツ、唐揚げ五個、ゆでたジャガイモ&バター、付け合わせとは言いがたい量のナポリタン、千切りキャベツ特盛りとどんぶり飯の組み合わせだ。
「その新戦術とやらが成功してたらさ」
ワカメラーメンの麺をちゅるりと吸いこんでから、ハルは言った。
「僕がどれだけの風評被害をこうむったと思うんだ? アーシャ、君にはもうすこし慎重な作戦行動を要求したいな」
「そこはほら。こういうとき泥をかぶるのも男の甲斐性と言いますか」
「でも、作戦が失敗した理由、春賀くんにもありそうよね。ものぐさして、女の子とまめに連絡取ったりとか絶対にしなさそうだし」
しれっとハルを批評したのは、配慮はしても遠慮はしない織姫だった。
ショウガ焼き定食をきれいな箸使いで食しながらの発言である。
尚、この面子が同じクラスなのは偶然ではない。
ここは《
「言っておくけど十條地。そんな僕の相手と思われているのが君なんだからな」
「そうでした……。わたしたち、そこまでお似合いのふたりに見えるのかしら?」
織姫は不思議そうに首をかしげた。
「アーシャさんと春賀くんの方が、よっぽど息が合ってるように思うけど」
「ほ、本当ですか? こほん。特に意味はありませんが織姫さん、よかったら唐揚げをひとつどうぞ。ごちそうします」
「え、いいの? ふふっ、ありがとう。じゃあ遠慮なく」
「でもなあ。僕らの場合、つきあいが長すぎて発酵してそうな腐れ縁だしさ。息のひとつやふたつ、合って当然というか、特別なことじゃない気がするよ」
「は、晴臣はそのチャーシューを供出してください、大至急!」
ああだこうだと騒ぎながらの学食ランチ。
三人がひととおり食べ終えたあたりでアーシャがまたむずかしい顔になり、不意につぶやいた。
「まあ、晴臣と織姫さんの関係があやまって認識されているのも遺憾ですが。私、それとはべつに大きな不満がひとつあります」
「へえ。珍しいな」
幼なじみの不満アピールにハルは驚いた。
「転入するにあたり、この国の学生生活を予習したんです。そのとき調べた資料から、日本の教育機関には容姿端麗な女子生徒を一種の
「その資料ってさ。マンガ・アニメ・小説のどれに分類されるんだい?」
「全部です。事実、織姫さんもそういう立ち位置ですし」
「わたし? とんでもないわ。わたし、べつに人気者でも何でもないし」
「こ、この人はまたさらりと天然発言を……。ま、それはともかく。だというのに、私の下駄箱にはいまだ一通のラブレターも届いていません。おかしいじゃありませんか」
「アーシャさん、実は結構いい性格よね……」
「それはさ。家から持参した弁当箱をふたつとも午前中の早弁で空にして、昼休みにはがっつり定食をたいらげてるアーシャに原因があると思うよ? この間の調理実習でも、園芸部が飼ってるウサギをシチューの食材にしようとしただろ」
「あ、あれはてっきり、非常食用に学校で飼育しているものだと思ったからです! 代金だって、ちゃんと払うつもりでしたし!」
「あのとき、園芸部の近藤さん泣いてたわね……」
アーシャが憤慨し、ハルはつっこみ、織姫は天然にまかせてコメントしていると。
ショートカットの快活そうな同級生・武藤さんが近づいてきた。
ハルと織姫が『
「お、ふたりともいるね。留学生ちゃんもいっしょか」
いつもの気やすいノリで武藤さんは言った。
「十條地さん、この間、
「今日? よかったわ。今日なら予定もないし、ばっちり大丈夫」
「ええと。僕はどうしようかな……」
ハルが言葉を濁そうとしたら、織姫にじっと見つめられた。
にっこり微笑まれるおまけつきだ。
この間の約束『そのうちいっしょに』を思い出してしまう。
「……まあ、今日は僕もちょうど暇だったよ」
満足そうにうなずく織姫。
妙に照れくさくて、ハルはごまかすように頭をかいた。
すると、それを見てアーシャがなぜかガタンと立ちあがる。
「は、晴臣たちが入ったという課外活動の話ですね。私もごいっしょしていいですか!?」
「おおー、留学生ちゃんも? もちろん大歓迎だよ」
「ついでに入部もしちゃいます! 定員オーバーなんてありませんよね!?」
「ないない。あってもなかったことにする。うれしいなあ、この間まで定員割れで悩んでたのに、六人目の部員が勧誘なしで来てくれるんだから」
アーシャの申し出に、武藤さんは満面の笑顔だった。
ハルは幼なじみの突然すぎる入部志望に首をかしげつつ、話題を変えた。
「ところでさ。
「男女比は半々……かな。一応ね」
微妙な返答に「一応?」と眉をひそめたら、武藤さんはさらに言った。
「部員は五人。女子はあたしと十條地さん。男子は春賀くんと、あとひとり。だから、ちょうど二・五対二・五で半分ずつなの」
「……その『・五』って何なのさ?」
「実はさ。部員にひとり、性別不詳の人がいんの」
「「「性別不詳!?」」」
ハル・織姫・アーシャはそろって驚いた。
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