【第二章 盟約の儀式に向けて】④


 織姫の祖父は二時間ほど『十條地家の不純異性交遊禁止令』について語った。

 じっくりくどくど、必要以上の丁寧さで。

 とはいえ、織姫にちょっかい出そうなどとハルはまったく考えてない。

 その旨を伝えたら、難癖をつけられた。


「うちの孫には女としての魅力などない……とでも? ずいぶんと無礼だな!」


 どうにか老人をなだめ、儀式関係の打ち合わせを再開。

 その後、十條地家を辞したら、アーシャが「出会ってまもない女の子と、柄にもなくよろしくして!」と妙な文句を言ってきた。

 こっちもあしらっていたら、結構な時間が経っていた。


 現在は夜の二二時すぎ。疲れ切ったハルはひとり家路をたどる。

 そして、散らかり放題の我が家まで、あと五分というとき――。

 視線に気づいた。暗い夜道で、女の子がハルを皮肉っぽく眺めている。


 一一、二歳だろうか。顔立ちの繊細な、愛らしい少女だった。

 しかし、着ているものが変だ。緋色の和服姿だったのだ。

 つややかな黒髪には、緋色の大きなリボン。

 この歳で織姫の祖父と同じ、懐古趣味なのだろうか?


「……あんた、誰だ?」


 ハルは不審の念もあらわに訊ねた。ふつうの子供とは思えなかったからだ。

 見まちがいでなければ、彼女はいきなり夜道の陰に出現したはずだ。

 まるで瞬間移動してきたかのように……。


「只人の分際でを持つとは……難儀な運命に足をつっこみかけているな」


 和服をまとう少女が尊大な口ぶりでささやいた。

 声は見た目どおりの幼さなのに、響きに年齢不相応な落ち着きがある。


「ほし――なんだって?」

「知らぬのか? 覇者の秘文字に焔を吹きこむ、燧星ひうちぼしのかけらだぞ? 魔道の徒でありながら、当代の者は研鑽が足りぬと見える。嘆かわしい話よ」


 少女は『魔道の徒』とはっきり口にした。

 つまり、春賀晴臣が《S.A.U.R.U.》の関係者であると知っているのだ。


 ここでハルは気づいた。少女の目。

 その瞳は金色で、どこか冷血生物めいている。

 これはまちがいなく、前に『館』の書庫で遭遇した“目”と同じもの!


「この都でおまえを見出したのは、妾にとっても僥倖ではある……が。おまえの器量もよく知れぬ。まだ多くは語るまい」


 にやーっと不敵な笑みを浮かべて、少女はささやいた。


「しかし、忠告はくれてやろう。今のままであれば、おまえは近いうちに必ず死ぬぞ。死を厭うのであれば、竜の翼ですら入りこめぬ土地を探すがいい。そのような場所が地上にあるかは知らぬがな!」


 それを最後に、少女は出現時と同じ唐突さで消え失せた。


 あからさまに超自然的な存在との邂逅。おまけに死を予告する不吉な言葉。

 これらの意味するところは、まさか――。


「この間のは心の病なんかじゃなくて……呪いとか祟りの線だったのか?」


 柄にもなく呆然とつぶやくハルだった。

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