【第二章 盟約の儀式に向けて】②
「というわけで《S.A.U.R.U.《サウル》》の方から来ました、春賀と申します」
「今度は、わたしの方が『どういうわけだい?』って言う番みたいね……」
急な仕事が舞いこんできた日の翌日、一八時。
十條地家の和室で顔を合わせた、ハルと織姫のやりとりであった。
かたわらにはアーシャと、織姫の祖父だという依頼主もいる。
織姫はちょっと不機嫌そうだった。
理由は察しがつく。学校で今日、ハルが可能なかぎり避けまくったのと、そのあと不意打ちで家庭訪問したせいだろう。
でも、いいじゃないか。説明するのが面倒だったんだから……。
「織姫。こちらの彼と知り合いなのか?」
「偶然ですが、お孫さんとは学校で同じクラスでして」
ハルはすばやく言った。いつもより三割増しで愛想のいい、営業モードである。
「つまり君も高校生だと?」
「はい。ですがご安心ください。僕の経歴がお手元に届いていると思いますが、そちらにあやまりはありません。今まで確保した盟約儀式用の副葬品は九件、スタッフとして成功させた儀式は四件。全て、この三年での僕の実績です」
いつわりのにこやかさで語るハルを、織姫が胡散くさそうに見ている。
ふだんとのちがいがわかるからだろう。
だが無視。大切なのは依頼主――正確にはその代表者に納得してもらうことだ。
「それに今回、僕はサポート役にすぎません。儀式の進行および、護衛役はこちらのアナスタシアがつとめさせていただきます。彼女の情報は伝わっておりますよね?」
「ああ。特級認定……というのか?」
その大半が第一
だが、稀に現れる第四階梯以上の
特にアーシャは世界に八名しかいない第五階梯。破格の逸材なのだ。
「これほどの実力者がわざわざ東京に来ていたとは驚きだな……」
織姫の祖父に見つめられて、アーシャはひかえめに微笑む。
軽く会釈するのは、儚げな美貌を印象づけるためだ。
「分不相応な賞賛をいただくときもありますが、私はただ、ほかの魔女よりも戦う機会が多かったというだけです」
言葉こそひかえめだが、たしかな自信がそこには宿っている。
よし、いい演技。上出来だ。ハルはひそかに賞賛した。
あくまでクールに、神秘的に見えるよう、アーシャはちゃんと自己演出している。
外国人だからと和室であぐらをかかないのも、その一環だ。
端然と正座し、背筋をぴんとのばしている。
外人らしくないが、アーシャの妖精的な容姿が映えるので、この方が断然いい。
幼なじみが新都に来た当初、ふたりで焼き肉をつつきながら討議したのだ。
今後、日本で『営業』するときはハルがトーク役、アーシャは神秘的な無口キャラという線でスポンサー受けをよくしようと。
依頼者からのチェックを甘く、財布のひもはゆるくさせれば、仕事もやりやすくていい。
焼き肉屋の煙と匂いにまみれて神秘というのも、ふざけた話だったが……。
「ひとまず、織姫さんが新たな仲間となるため微力を尽くさせていただくつもりです。どうかおまかせください」
大人っぽい早熟な天才少女という体で、アーシャは請けあう。
素人のスポンサーを丸めこむとき、こういう印象操作が地味に効いたりする。
今回も上手くいった。いかにも堅そうな織姫の祖父は、アーシャの静かな自信アピールに好感を持ったらしく、すこし目を細めてうなずいた。
「そうか。では、よろしく頼む」
「…………?」
織姫が首をかしげていた。
二日前、アーシャが素で「おなかがすきましたあ!」と叫ぶのを見たせいだろう。
あのときと印象がちがうから、きっと不審なのだ。
「では、僕の方から儀式について説明させていただきましょう」
織姫に何か言われる前にと、ハルは話題を変えた。
「ご存じのとおり、今世紀の人類はドラゴンとの共存を強いられています。近隣地域の防衛に不安をお持ちの方々に福音となるのが『蛇』の存在です。魔術という古い学問によって生み出される……世間でリヴァイアサンと呼ばれる怪物ですね」
ドラゴンに対抗するため、魔術で生み出される人造の怪物。
その存在を目撃したマスコミが『リヴァイアサン』と呼んで報道し、さらに『蛇』の通称を持つにいたった超生命体であった。
「儀式では《S.A.U.R.U.》のみが知る錬成方式によって『蛇』の肉体を造りあげ、候補者の女性と盟約の魔術で結びつけます。成功すれば彼女はリヴァイアサンのパートナー、
本来、『マギ』という語は「魔法使い」の意味である。
しかし、現代において最も卓越した魔術の使い手はリヴァイアサンの盟約者。
そのため、いつのまにか彼女たちの呼び名として定着したのだ。
「
「春賀くん、ちょっと待って。長話の前に顔を貸してくれる?」
「現在進行形で話をしてる最中だし、あらためて貸す必要はないと思うけど……」
不機嫌そうに語りをさえぎった織姫へ、ハルは言った。
なるべく目も合わさないようにする。
だが、軽く苛立ったお嬢さまの切り返しは迅速で、単刀直入だった。
「ふたりきりで話をしたいの。屁理屈はいいから、こっち来なさい!」
織姫のたおやかな手がのび、ハルの着る制服の襟首をむんずとつかむ。
学校が終わったあと着がえずに来たので、制服姿だったのだ。
一方、私服に着がえていた織姫は、ハルを強引に立たせた。
そのまま廊下に引っぱっていく。
白いカーディガンにフレアスカートという格好には不似合いなほど、力が強かった。
かくして、ハルはアーシャと織姫の祖父が驚く前で囚われの身となったのである。
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