【第一章 竜のいる故郷へ】⑧


 織姫のきれいな顔は、驚きの色でいろどられていた。


 対してハルは内心を表に出さず、「なんとねえ」とつぶやき、肩をすくめるにとどめた。人生、先のことは本当にわからないものだ。


 一方、アーシャは不審そうに織姫を見てから、ハルに視線を向けた。


「晴臣のお知り合いみたいですね。まさか、こんなところで待ち合わせですか? 私の手伝いが終わったら次はこの人と夜の町へしけこんで、今夜は朝まで眠らせない……とか不埒な計画があるんじゃ――」


 幼なじみの目と声には、なぜか責めるようなニュアンスがある。

 ハルは謂われのない居心地悪さを感じながら、静かに言った。


「高校の同級生だよ。こんなところで出くわしたのは只の偶然……いや、むしろ必然か? ねえ十條地さん。ここに出入りできるんだから、君は魔女マギなのか?」


 織姫に問う。

 すると、彼女はすぐにいつもの調子を取りもどした。


「春賀くんがわたしの質問に答えてくれたら、答えてあげる。この書庫って魔女に類する女性か、魔術関係の知識を持つ人しか利用できないのよね? 春賀くんとそちらの方はどういう事情でここにいるの?」


 颯爽たる口ぶりにハルは苦笑した。

 一方的な情報公開を迫っても無駄なようだ。


「こりゃ失礼。僕らはこういう者なんだ」


 ハルはポケットを探って、名刺サイズの黒いカードを取り出した。

 受付でアーシャが提示したのと同じ、《S.A.U.R.U.《サウル》》所属を示す札だ。

 ただし、こちらはポケットのなかでくしゃくしゃになっていたが。


「黒いだけで何も書いてないわよ……? もしかして、魔女の世界ではこういうのに何か意味があるのかしら? ごめんなさい。実はそういう約束事、全然知らなくて」


 しかし、織姫は首をかしげていた。《S.A.U.R.U.》の印が見えないようだ。

 魔女マギならば裸眼でも魔術的視覚を行使できる。それができないという。

 ならば考えられる理由は――ハルが織姫の事情に察しをつけたときだった。


 ハル、アーシャ、そして織姫の持つ携帯端末。

 それらがいっせいに震動しはじめた。同時にメールを受信したのだ。


「緊急避難勧告……。東京湾上空に小型種ドラゴン四体が飛来――」


 端末に届いたメールを一読して、アーシャがささやいた。


「晴臣。それと、そちらのお嬢さん。話はあとにしましょう。今は退避が先です」


 ハルと織姫は即座に同じ仕草をした。

 うなずいたのである。

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