【第一章 竜のいる故郷へ】⑦
霊(?)との遭遇から数十分後、ハルは書庫の一角でアーシャと合流した。
幼なじみが「ちょっと読んでおきたい」とリストアップした書物のうち、今日ふたりが発見できたのは三冊。
『東アジアにおける龍神伝承の変遷』『古代朝鮮と秘教的集団儀礼』『騎馬民族王朝、神代日本ニ到来シタルノ論』である。
尚、さっきの霊について話したら、幼なじみは「まあ、よくあることですし」だった。
逆の立場なら、ハルもきっと同じ言葉を口にしただろう。
「それじゃあ、はじめましょうか」
「了解。貴重で稀少なだけの古本はデータ化できるから助かるよ」
ハルは携帯端末を取り出しながら、アーシャに答えた。
本を開いて、端末のカメラで撮影。
それを延々と最初から最後のページまで繰りかえし、本の内容をデジタルなデータとして保存・資料化する。
これが力ある魔導書なら、こんな行為はまったくの無意味だ。
ああした本には、読者を特殊な精神状態に追いこむ魔力がある(呪いと言いかえてもいいが)。
それが喜怒哀楽狂気のいずれであれ、そうした異様なテンションのもと魂の全てを捧げるように読みこんで、はじめて真の意味が理解できる。
スキャナやカメラで文面はデータ化できても、魔性は再現できないのだ。
アーシャが本をめくり、ハルがぱちりと撮影してデータ化。
休憩をはさみながら延々繰りかえすこと、実に三時間。
作業がひととおり終わった頃、ハルとアーシャは唐突に足音を聞いた。
かつっ。かつっ。かつっ。かつっ。
革靴の底が床をたたく。
落ち着いた足取りのくせに、リズミカルで音楽的だった。
歩く人間の絶妙なリズム感と運動神経が、足音まで華麗にひびかせている。そんな印象だ。しかも、ひとりごとまで聞こえてきた。
「ここ、本当にひどいわね……。もうすこし整理整頓とか利用しやすさを考えて陳列すべきだと思うけど……今度、羽純に言ってみようかしら」
ハルは驚いた。聞き覚えのある声だったからだ。
「
隣でアーシャが首をかしげている。
こんな魔窟に来る魔女にしては違和感があると思ったのだろう。
無理もない。ハルはうなずいた。
あの少女は華麗で、颯爽としていて、きわめて健全そうだった。
だが、ここは暗闇同然で、陰鬱としていて、妖気に充ち満ちた空間。
どう考えたって似合いの場所ではない。だというのに――。
「ここで先客とお会いするのは初めてだわ。お邪魔だったなら、ごめんなさい。でも、もしよかったら、この書庫を上手く使う方法、教えてくださると助かります。何度か来てるんですけど、いまだに慣れなくて――え、春賀くん?」
ハルたちの前へやってきた、第三の人物。
やはり人ちがいではなかった。
目の前には最も印象的なクラスメイト、十條地織姫その人がいた。
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