【第一章 竜のいる故郷へ】③


 入学式。新入生オリエンテーリング。部活説明会。授業開始。等々。

 イベント目白押しだった一週目をやりすごし、高校生活は二週目に突入していた。


 私立胡月学園の高等部、一年F組。

 ハルの席は窓際、最後尾。

 そこに座敷わらしのように腰かけ、誰と話すでもなく、だんまりしたまま教室を眺めている。


 授業は全て終わり、今は放課後だった。

 クラス内の交友関係は、順調に確立されつつあるようだ。

 すでに男子・女子のグループがいくつか発生していた。

 教室に残った彼ら・彼女らはおしゃべりしたり、ふざけ合ったりと、ほどほどに仲よさげだ。


 しかし、ハルはひとりだった。

 入学以来、積極的に同級生と接点を持とうとしなかった結果である。


「これも予定調和ってことか」


 ハルはぼそりとつぶやいた。

 ふつうなら、居心地が悪くなるところかもしれない。

 しかし、ハルは毛ほども気にしなかった。

 周囲の目を気にして萎縮するほど、可愛げのある性格ではないのだ。


 今日は学校帰りに、アーシャの手伝いをする約束だった。

 だが、さっき携帯端末にメールが届いていた。

 ちょっと用事ができたので遅れると。


 ハルが漫然と居残っているのはそのためだった。

 アーシャの体が空くまで、しばらく時間をつぶさなくては――。


「ねえ。春賀くん……でよかったよね?」


 唐突に声をかけられた。右ななめ前にすわる女子の呼びかけだった。

 活動的な感じのショートヘア。割とかわいい。


「今日ヒマ? よかったら、ちょっとつきあってくれないかな?」

「悪いけどヒマじゃない。無理だ」


 かわいい女子とお近づきに――などと邪念を燃やすことなく、断る。

 すると彼女は『おっ』という顔をして、ニタリと笑った。


「まあまあ、そう言わずにさ。ちょっとうちの部室に来て、軽い気持ちで入部届にクラスと名前を書いてよ。そのまま幽霊部員もアリだけど、気が向いたら放課後遊びに来て、週末の例会に参加なんかしちゃうのも充実の青春っぽくていいんじゃない?」


 クラブ活動の勧誘か。ハルはうなずいた。

 そういう理由がなくては、わざわざハルに声をかける必然性もないだろう。

 入学後わずか二週間で所属クラブの勧誘に走るとは、この女子、見た目どおりの活発さのようだ。名前はたしか、武藤むとうさんだったか。


「君の部活って?」

UFOユーエフオー研究会。部員があとふたり増えないと、部室取りあげられるんだよねえ」

「空飛ぶ円盤を追いかける趣味に開眼するつもりはないよ」


 しれっとあやしい団体名を口にされて、ハルは言った。


「みんな似たようなこと言うんだよねー。あたしの魅力値だと、クラスの男どもを部室に連れていくのが限界らしくてさ。春賀くんにはそれすらパスされたけど」

「勧誘のきっかけとしては、悪くない手だと思う」


 武藤さんが詠嘆口調だったので、ハルは親切心を起こした。

 適切な助言さえあれば、彼女のバイタリティなら問題解決もむずかしくないように思える。試しに言ってみた。


「部室に呼ぶんじゃなくて、いきなり三日間の合宿に参加させて、空腹と睡眠不足、あと精神的圧迫で限界まで追いつめたらどうかな。そのあとで君が勧誘対象をやさしくフォローして、君に依存させるんだ。仕上げとして入部届にサインさせればいい」

「もしかして春賀くん、手段を選ばない人!?」


 古典的な洗脳テクニックをすすめたら、武藤さんに驚かれた。


「思いついたなかではいちばん穏便そうな方法をおすすめしたんだけど……日本の学校では、ちょっと過激すぎるのかな?」

「どこの国の学校でも、たぶんそうだろうねー」

「それにしても、UFOユーフォーを研究するクラブか。そういう趣味は二〇世紀を最後に消滅したもんだと思ってたよ」

「え、何で?」

「だって、今どきは月から来るドラゴンどもが空をかっとんでるんだぜ」


 ハルは窓の外に広がる空を指さした。


「アダムスキー型にせよ葉巻型にせよ、未知の宇宙生命体が円盤を飛ばせるほど、空のスペースはあまってないだろうと思ってたんだ」

「ああ、そっちだと考えてたんだ。ちがうちがう」


 武藤さんは笑いながら、手をひらひらさせて否定した。


「あたしたちの言うUFOユーフォーは、空飛ぶ円盤じゃないんだよ。まさに今、君が言ったとおり。ドラゴンのやつらなの」


 ハルはすこしだけ考えて、すぐに納得した。

 UFO。

 正式には『Unidentified Flying Object』。

 もともと空飛ぶ円盤を意味する言葉ではなく、正体不明の飛行物体を意味するコードネームなのだ。

 となれば武藤さんの言うとおり、今日ではドラゴン族こそが最大最多のUFOとなる。


「じゃあ、君たちのクラブ活動は――」

「うん。ドラゴンたちがどういう生き物か研究すること。ほら、政府や自衛隊は否定してるけど、あいつらについての情報って隠蔽されたり統制されてるでしょ。すこしでも正確な情報を集めるために、民間人有志として活動してんの」

「…………」

「大体さ。ドラゴンたちを追い払ってくれる『蛇』のことだって、あたしらは具体的なことをほとんど知らないもんね。M78星雲から来た銀ピカ宇宙人じゃないんだから、必ず何かいわくがあるはずなのに、一般人にはたいして情報も公開されないままでさ」


 なんと『蛇』のことまで話題にのぼるとは。

 ハルは驚いた。このあたりはまさに自分たちの仕事――研究機関S.A.U.R.U.が普及を進める『形而上的知識体系』の領分なのだ。


「とりあえずドラゴンたちと似たような生き物で、何でか人類を守ってくれる守護神だか決戦生物兵器……なのはわかってるけど。あ、そうそう」


 日本の高校でこんな話を聞くとは。

 意外に思うハルへ、武藤さんは言った。


「ドラゴンが近くまで飛んできたときは、高台に陣取って資料映像の撮影とかもするよ」

「そんなことまで!?」

「うん。で、それをネットに公開したり。というわけで活動内容を誤解していた春賀くん、あらためて訊くけど、うちらの研究会に入らない? 結構おもしろいよ」


 ハルが答えを考えこんだとき、横から声をかけられた。


「おしゃべりしてるところに割りこむ不作法は承知のうえで、口をはさませてもらうわ」


 右隣の席にすわる女子がこちらを向いていた。

 ハルは驚いた。

 一年F組が発足して以来、にぎやかにおしゃべりする男子とも女子とも接近することがすくない女生徒だったからだ。


 それは彼女がハルと同じ『非社交的その他大勢』だからではない。逆だった。

 存在感が突出しすぎるあまり、『孤高の人』となっているのだ。


「わたし、今まで武藤さんのクラブって、そこの春賀くんが思っていたような部だと勘ちがいしていたの。まさか、そんな真剣に社会貢献しようとしてる団体だったなんて……。何事も先入観で判断しちゃダメということかしら」


 存在感のありすぎる隣の女子、十條地じゅうじょうじ織姫おりひめは感慨深げにつぶやく。

 珍しい姓と名なので、ハルもしっかり覚えていた。


「あ、それほどでも……。会員みんな、好きでやってることだし」

「だとしても、行いの尊さに変わりはないわ」


 武藤さんは謙遜したが、織姫は悠然と誉めそやす。

 気品・気高さ・優美・鷹揚――。

 ふつう、高校の女子生徒が持ちあわせるはずのない美質の数々を、織姫の立ち居振る舞いに見出すことができた。


 彼女の席はハルと同じ、教室の最後列。

 しかし、ハルが座敷わらしのようにちょこんとすわるのに対し、織姫は背筋をのばして端然と座し、この教室を所有する姫御前のように奥でひかえる。

 授業は全てまじめに受け、体育の時間でも颯爽と体を動かし、運動神経のよさとスタイルのよさをまざまざと周囲に見せつける人材だ。


(お姫さまっぽいのはうわべだけじゃなくて、中身もだったか)


 うわべと中身にギャップがある例として、身近に幼なじみのアーシャがいる。

 もしかしたら十條地織姫も――と、こっそり邪推していたのだが。

 失礼な想像だったようだ。ハルは心のなかであやまった。


 そんな内心も知らぬはずの織姫は、机からB5サイズの紙を取り出した。

 クラブ活動の入部届。

 そこにさらさら『1年F組・十條地織姫』と、みごとな筆跡の美しさで記入。

 はい、と武藤さんに渡す。


「部員が必要なんでしょう? 足しにして」

「え、いいの!?」

「ええ。幽霊部員ありと聞いてなかったら、考えたかもしれないけど。それもありなら長く悩むことじゃないわ」


 と言ってから、織姫はカバンを手に席を立った。


「あ、もしよかったらだけど、今度うちの部室へ遊びに来てよっ」

「わたしがその気になって、そのとき体が空いていたらね。これでも結構いそがしい方だから、調子のいいこと言えなくてごめんなさい。あまり期待しないで待ってて」


 武藤さんが言うのを背中で聞いて、織姫は快活に応じた。

 こんなセリフをいやみのニュアンス皆無で言ってのけてから、教室の出入り口へさっさと歩き出す。

 実に颯爽とした振る舞いだった。


「……絵になる人だねえ」


 遠ざかる織姫の後ろ姿を見送りながら、思わずつぶやくハルだった。

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