放課後ゲームセンターズ
@QuetzalKoatol
第1話
クレーンゲームは他のアーケードゲームよりもコインが落ちる時の音が良く響く。それは否が応にもプレイする人間にプレッシャーを与える。お前は今、百円あるいはそれ以上の額を背負っていると。そのプレッシャーは人の感覚を狂わせる。目の前にあるのに何故だかそれは立体感がない。そのプレッシャーに耐えられぬものはそのままコインを入れ続けるだけ。それはまるで貯金箱にお金を入れる子供の様。
駅を降りて徒歩三十秒、向かい側にはコンビニが配置された好立地。そこに『メイドーイン』というゲームセンターはある。ドアを開けるとカランコロンと付いた鈴が鳴り、普通のお店ならこれでお客が来た事に気付くが、ゲームセンターという特異な場所ではゲームから出る大きな音で誰にも聞こえることはない。付けた人にとっては意図があったのだろうが、今では誰にも分からない。
いつも満杯になって歩道にはみ出そうになる程自転車の置かれる駐輪場も、雨の日は流石に空っぽ。雨の日にまでゲームセンターに来ようとする人間はそんなに多くない。スカスカな店内だからか、今日は人の声が良く通る。
「ああ! やっぱり取れねー」
「仕方ない、こういったクレーンゲームの新景品というのは取り辛くされるものだ」
何度やってもやる気の無いアームが景品を持ち上げることは無い。そんな様子を片や冷やかに、片や恨めしそうにみる女子二人。
「珍しいですね。赤坂さんがクレーンゲームやるなんて」
そんな二人に声をかける女子がもう一人。
「おー我孫子か。いやさ、雨が降ってるってーのに傘を電車の中に忘れてきちまってさ、このまま濡れて帰るのも嫌だし。って、思ってたところに、これよ! 」
赤坂はコンコンと目の前のガラスを叩いた。
「わー新景品のコラボ傘ですね。でも、傘をさすだけでいいのでしたら向かいのコンビニで買えばいいのでは」
「それに関しては私がそう提案したのだが、赤坂さんがそれではただお金を消費するだけで面白くないと」
「そんな訳で始めたんだけど、まー取れなくてさ」
「そうだったんですか、でも、そんなに苦戦してるようでしたら、金町さんに頼めばいいんじゃないでしょうか、よくクレーンゲームしてますし」
「我孫子さんの提案はもっともで、私も助太刀したいところなのだがな」
金町は赤坂の方を見る。すると「やれやれ何も分かってないなぁ」と、首を横に振りクレーンゲームに寄り掛かりはじめた。
「あー、ありますよね、こういう変な意地が出ちゃうの」
結局、三人は一旦クレーンゲームコーナーを離れ二階に向かった。ずっとやっていると上手くいきませんよ。という我孫子の提案によるものだ。二階は座って遊べる、所謂普通のアーケードゲームのフロアだ。
「なぁなぁ、クレーンゲームが上手くなるゲームとかねーの? 」
「クレーンゲームが上手くなる。ですか、でしたらこちらの『フロッグアウト』とか、どうでしょうか」
我孫子が指したのはボタンが古いパズルゲームだった。
「なるほど、確かにこのゲームは、役に立つかもしれないな」
「我孫子ーこれどういうゲームなんだ?」
『フロッグアウト』の筐体の前に座り腕をぐるぐる回す赤坂。準備は万端と言ったところか。
「このゲームはですね、簡単に言えば三次元テトリスなんですよ。立体になったブロックを隙間無く敷き詰めて消していくんです」
「なんだかよく分からねーけど敷き詰めりゃーいいんだな。よっしゃ」
勢いよくコインを入れてスタートボタンを叩く。現れるROUND 1の文字。ただ敷き詰めればいいと言っても、そう上手くはいかない。何故なら、思い通りの形のブロックが出るわけではない。これはひっくり返したおもちゃ箱に玩具を適当に投げ入れて片付けるのとは訳が違うのだ。どんどん隙間を作りながらブロックが積み上がって行く。現れるGame overの文字。一ラインも消すことは出来なかった。
「瞬殺でしたね」「瞬殺だったな」
ギャラリーの二人から感想が漏れた。
「いやいやいや、初めてのプレイな訳よ。まだ勝手も掴めてないし。これからが本番よ本番」
「おー見苦しいぞー赤坂」
ドアの方からブーイングが飛んできた。
「あっ馬橋さん」
「よっ、一階を探してたんだけど、居なかったからこっちかなーと思ってきたけど、珍しいことやってるね」
「珍しいって、ひでーなー私だってこういうの遊ぶ日くらいあるよ」
「どうだか、あんたはなんか企みがないとそういうのはわざわざ遊ばないタチだとおもうけど、どうなの? マチ」
「ふむ、かくかくしかじか」
金町がすかさず状況を説明した。
「はぁーあんたもアホねぇ……」
「アホ言うなー!」
「まぁ、馬橋さんもそこまで言わないであげてください、私としてはこういうレトロなゲームをプレイしていただけて嬉しいですし」
我孫子が呆れる馬橋をなだめる。彼女は動機はどうあれ、こうやってコインを投入してくれたことがとても嬉しかったようだ。
「そもそも、マチがクレーンゲームは得意なんだからやってもらえばいいじゃない」
「あっ、そのことなのだが馬橋……」
「かぁーッ、馬橋さんも分かってねーなー」
やれやれまたこれだよ。と、また、得意げなポーズを取った。
「いやいや、分かってねーのはあんたの方だと思うが」
これ以上『フロッグアウト』をやっても無駄だろう。という馬橋の意見が結局通り、一同は再び一階に戻ってきた。相変わらず人は殆ど居ない。
「私はマチにやってもらえばいいと思うけどなー」
「まぁまぁ馬橋さん。本人にあれだけやる気があるんですから」
「うむ。ゲームを遊ぶ上で一番大事なことはやる気だしな」
「そーそ。やる気は技術に勝るんだよー」
先ほど敗走したあの台の前まで来た。しかし、状況は大きく変わっていた。
「あれ、随分と、穴の近くにありますね」
「うむ、先ほどはかなり奥にあってかなりの長期戦を強いられそうな配置であったが」
「これは落とせない方が逆に難しいんじゃないの」
目当ての傘は、身体の半分を穴の方へ身を乗り出していた。
「誰かが遊んでいる途中だったのでしょうか、それなら赤坂さんがやるのは控えた方が」
「いや、これはそうではないと思う。ここのコイン投入口、プレイ中に場所を離れる場合は、ここにプレイ中であるという事を示すために横にあるプラスチック状のカードを差し込んでおくのだ」
我孫子の意見に反論したのは金町だった。確かに彼女の主張通り、コイン投入口には何もされていないようだった。
「よっしゃーそれなら私がやっても何も問題はないな」
意気揚々とコインを入れる。軽快な音と共にボタンが点滅する。そこまでして、赤坂の動きは止まった。
「なぁ、これってこの状態だったらどうすればいいんだ」
「おいおい、そりゃあないだろう」
「いやだって、こんなところまで来た状態になったクレーンゲームなんて、私やったことないし」
後ろで観察していた金町が前に出てきた。状況をしっかり観察してから、指を指しながら説明を始めた。
「まず、このターゲットは見たところそこまでの重さがあるものではない。次に今のターゲットの状態はかなりアンバランスな体勢だ。身体の三分の一が宙に浮いている。この状況で最も有効な手立ては一つ。アームの片側で直接浮いている部分を押して無理やり落とす」
「おおーさっすが金町。じゃあ早速」
勢いよくボタンを押そうとする赤坂。しかし。
「待て、赤坂さん」
「どうした、金町」
「残念ながら私が説明をしていた間に、制限時間が来てしまったらしくてな」
「ええッ」
仕方がないので再びコインを入れる赤坂。気を取り直しボタンを押す。必勝法を知った今、必要なのは正しい位置までアームを誘導できるかどうかだけである。慎重に様々な角度から位置を観察しつつレバーを操作する。ここだ。と思う位置にアームを配置し、後ろを振り向く。金町もその位置を確認し、ウンと頷く。レバーを下げるボタンを押す。アームは不思議な効果音と共にゆっくりと下がる。開いたアームの左側が見事獲物に喰らいついた。下がりきったアームは一瞬の静止からアームを閉じた。ガコン、と獲物は奈落に落ちていった。
「やったぜー」
「よかったですね。赤坂さん」
「おうよ、これで雨も怖かないぜ」
「あーそれなんだが赤坂」
先に出口の方に行っていた馬橋はドアを開けた。暗い店内に光がまぶしく差し込む。
「あれ、光? 」
「えっとな、色々やってるうちに晴れてしまったんだなこれが」
「晴れんのかよー聞いてないよー」
「ま、まぁ、いいじゃないですか、普段はやらないゲームを遊んだんですし」
「いや、晴れるって知ってたら変な気起こさないでいつも通り、『トリガーハッピーストラトス』やってたわ」
「うぅ、それは、確かに」
「これからはコインを入れる前に天気予報を確認しようなー赤坂」
「なぁ馬橋さん、この傘買わない? 」
「買うか! 」
「いやー今日は楽でしたねー雨様様ですよ」
「なーに言ってんだ。お客が来ないと最終的には困るだろうが」
店を閉めて客が居なくなった店内。そのまま直ぐに帰れるというわけはなく。スタッフはゲーム一台一台をチェックしなければならない。
「偶にはいいじゃないっすか、偶には」
「はぁ、おまえなぁ」
「偶に、といえば今日代々木さんサービスしすぎじゃなかったっすか」
「んあ、何の話だよ」
「あの最近入荷した傘の台の奴ですよ。あんなギリギリ配置してあげちゃって」
「あーいいんだよ、あの娘必死そうだったし、それにちゃんと原価以上投入してたし」
「あの娘達いつも来てくれてるから、可哀想になったんじゃないんすか」
「あー知ってるか、テトリスはロシアの科学者が作ったってのは有名な話だが、『フロッグアウト』は日本の著名なプログラマーが井戸の中に大量にいた蛙を見て思いついたって」
「誤魔化すの下手すぎるっすよ代々木さん……」
こうして今日もゲームセンターの一日は終わるのでした。
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