第2話 世界を終わらせない少女(日曜日)
ガタンゴトンガタンゴトン。
ヒアリの耳に電車の走る音が聞こえる。ほどなくしてトンネルに入りゴーという耳障りな騒音に変わった。
そして、トンネル抜けて窓に青空が戻ったのと同時にヒアリも正気を取り戻す。
「えっええええっ」
さっきの大惨事から一転平和な電車内に飛ばされ、錯乱気味の声を上げてしまう。
一心不乱に全身をペタペタ触り身体に異常がないのを確認した。足OK、腕OK、お腹OK、頭OK。
とりあえずさっきの噴火で消し飛んだはずのダメージは身体のどこにも残ってなかった。大丈夫、自分は生きている。
スマートフォンを取り出して現在時刻を確認する。同じ転校前日日曜日の時刻を指していた。
同じだ。転校してから一週間して月曜日の0時を超えるとここに戻ってくる。しかし、自分以外は誰もそれに気がついていない――いやツキエを除いて。
やがて電車が駅に到着すると、すぐさま全速力で電車から飛び出し、向かった。学校の裏庭。そこの古びたベンチへ。
「ツキエちゃん」
一週間前、ツキエに呼びされた場所に同じように彼女はいた。ただ落ち込み気味だった前回よりももっと陰鬱な表情を浮かべて黙ったままベンチに座っている。
ヒアリはその隣に座った。
「お願い、どういうことなのか説明してほしい。ううん、何が起きたのかはもうわかったよ。でも今知りたいのはどうして時間が巻き戻るのかってこと」
その言葉にツキエは小さく頷いてから語り始める。
「私には親がいません。数年前に事故で父親も母親も死んでしまいました。それ以来ずっとおじいちゃんと二人暮らしです」
ヒアリはただ黙って聞く。
「両親が死んだ時、私はひどく神様を恨みました。なぜこんなことをするのか。私が一体何をしたのか。別に悪いこともした覚えもありませんでしたし、天罰を受けるような生き方をしたつもりもありません」
本当にその運命を恨んだのだろう。ツキエの言葉には怒りがこもっているのを感じる。
「そう思っていた一年後ぐらいでしょうか。今度はおじいちゃんが公園の階段から転んでしまい、重傷を追ってしまいました。私はまた恨みました。もし悪気がないのなら時間を戻してほしいと」
一旦ツキエは一息おき、
「そう神様に訴えた時、私は10日前まで戻っていました。てっきり何かの錯覚かと思いましたが、それからの10日間は全て経験したことばかり起きました。何よりも時計もカレンダーも全て巻き戻っていたので疑う余地がありませんでした」
ツキエは話つかれたのか一旦深呼吸をしてから再開する。
「最初はひどく混乱しました。なぜこんなことになっているのだろう。しかし、その理由も10日経っておじいちゃんが階段から落ちるのを阻止できたことで理解できました。そうか、これは神様がきっと私を――おじいちゃんを助けるために与えてくれた力だって」
「時間を巻き戻す力……」
ヒアリは自分でも驚くほどツキエの言葉を信じていた。あれだけの惨事を全て起きる前に理解していたのだから疑う余地はなかった。
ふと気が付き、
「それじゃ、ツキエちゃんのご両親も助けられるんじゃないの?」
その問いにツキエは軽く頭を振って、
「何度か試しましたが、戻れるのは一番時間を戻さなかったときから10日前までです。繰り返せば、両親が死んだのも阻止できると思いましたけど、そこまで神様は認めてくれませんでした。全く中途半端なことをするものです」
少し頬を膨らませて不満げなツキエ。ヒアリは可愛らしくて思わず抱きしめそうになるが、ぐっとこらえておく。
「それからは順風満々でした。テストは予め問題を全て確認できましたし、重大な事件も全て回避できるようになりました。家計が大変そうだったのでおじいちゃんに辺り宝くじを教えてあげたりもしました。あまり高いのを当てると変に注目されそうだったのでほどほどにしておきましたが」
気のせいだろうか、ツキエの口調が少し軽くなっている。ヒアリはそう感じた。
「そんな日が続いて中学三年生の新学期に迎えて少し経った後――次の月曜日です。いつものように寝ていたはずなんですが目覚めて見たら10日前まで戻っていました」
「月曜日……あの大噴火の日?」
ツキエは頷き、
「最初はなぜ戻ったのかわからず、何が起きたのか確認しようと月曜日になるまで起きていました。しかし、そのときも今度は地震が起こったかと思ったら、団地の建物ごと消し飛び、また10日前に戻っていました。そこではじめて気がついたんですが、どうやら私が死んでも戻るようです」
「そう……なんだ」
ほっとしていいのかわからない複雑な気持ちになるヒアリ。
ツキエは続ける。
「場所を変え、ようやく状況がつかめました。ここの町の真下で突然大爆発が起きて団地どころか工場や周辺地域もまるごと吹っ飛んでしまう。そして、その後、大地が割れマグマが一斉に吹き出る。みんな死んでしまうということでした」
「どこかに逃げられる場所は……」
「ありませんでした。ヒアリさんにも見せたとおり、この現象は世界中で起きます。私はやり直しながらどこかに安全な場所がないか、ずっと探し回りました。ですが、この町が消滅してから一日後には誰も生き残りません。安全な場所なんてどこにもありませんでした」
「そんな……」
唖然とするしか出来ないヒアリ。
「だから次に私はこの現象を止められないのか探りました。いけるところにはひたすら行き、沢山の人に話を聞きました。偉い学者の人とか、大学の先生とか。しかし、たった10日では聞けることも少なかったので、テレビで訴えたりしてみました。大変だったんですよ。変人扱いされて警察に連れて行かれたりしましたし」
ツキエは苦笑気味に続ける。
「ですが、まともな情報は得られませんでした。あ、いや、反応自体はあったんですが、神がどうこうとか宇宙人がどうこうとか危ない人ばかり食いついてきたんです。何度も続けた結果、私は月曜日に起きることを誰も推測できていないという結論になりました」
「じゃあそれ以降は……?」
「正直もう何をしていいのか思いつきません。たまにこれならどうだろうと思って行動を起こすこともありますが、結局うまく行かず終わる。それの繰り返しです」
ここでヒアリはふと思ったことを聞いてみる。
「ツキエちゃんは今何回ループしているの?」
「そうですね……」
ツキエはしばらく考えた後に、
「398回までは数えていましたが途中で飽きたので止めてしまいましたからわかりません。でも体感ではその10倍はループしていると思います」
ただただ……ただただヒアリは呆然とするしかなかった。
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