第二章 「世界を終わらせない役目」
第1話 終わる日(日曜日)
外は真っ暗。辺りには街灯もまったくない。周囲に立ち並ぶ木々には半月の月と星の明かりだけが照らされる。
ヒアリは日曜日にツキエと一緒に言われたとおりの場所――あの工場と団地の町からかなり離れた標高1000メートルの登山道入り口にやってきた。まだ日が明るい内に観光用バスで近くの施設までやってきて、この時間まで隠れていた。そうでないとこんな夜中に登山する女子中学生二人などすぐに注意されるか、最悪通報されるだろう。
「うう……そこそこ厚着してきたつもりなのに寒いよぅ」
ヒアリは想像以上の寒さに身体を震わせる。ツキエに寒いから暖かい格好をするようにと言われていたものの、夜中に山を登ると言われて動きやすい服装を優先してしてしまっていたからだ。
「全く……これを使ってください」
ため息混じりにツキエが渡したのはカイロだった。ヒアリはすぐさまそれに飛びついてもみくちゃにした後に頬につけて温まる。
そんなヒアリを見てツキエはまたため息を付く。そして、背を向けて歩きだし、登山道を登り始めた。
「行きますよ。あまりゆっくりしている時間はありませんので」
「ああっ、待ってよ~」
ヒアリも月明かりとツキエの持つ懐中電灯を頼りに後を追った。
「ふえ~、足元全然見えないから足を何度もくじきそうになったし、頭に木がぶつかるし、辛かった……」
「思ったより時間がかかりすぎました。普通に登れば30分ぐらいで頂上なのに一時間も使ってます。事前に練習しておいてくださいと言っておいたじゃないですか」
「こんなの無理だよぅ」
二人は見晴らしのいい山の頂上に立っていた。時計はすでに23時59分を指していて完全に夜中だ。当然のことながら周りには他の登山客はいないし登る途中にも誰も出会わなかった。
くたくたなヒアリに比べてツキエは全く疲れた様子もなく背負っていたリュックからタブレットや双眼鏡を取り出す。
「本当は始まる前に心構えを説明しておきたかったんですが、仕方ありません。あと三分で始まります。時刻は月曜日の0時3分ちょうど」
「そ、そろそろ何が始まるのか教えてほしいんだけど」
まだ息が切れ気味のヒアリ。ツキエは構わずに頂上から双眼鏡である方向を見て、
「この方向が私たちの町がある場所です。ここからでは直接見えませんが」
「だからこれから何が――」
「説明しても通じませんし、私も説明しきれません。直接見てもらったほうが早い……そういうことが始まります」
「え……?」
ヒアリはなにがなんだかわからない。
ツキエはただスマートフォンの時刻だけを見ている。
そして、0時3分。
「始まります。よく見ておいてください」
ツキエがそうポツリといったときだった。突然、町のある方の地平線が赤く輝き始めた――瞬間、巨大な赤い火球が地平線の向こう側から空に向かって飛び上がった。
「なにこれ……」
巨大な爆発だった。真っ赤な血のようなものが猛烈な勢いで吹き上がっている。そのうち幾つかの赤いものが放物線を描きながら天高くそして地面に落ちていった。
爆発というより噴火だ。ヒアリは直感でそれを理解した。いま目の前で巨大な火山の噴火が起きている。
「ど、どうして……」
ヒアリはあまりに絶望的な光景に呆然と呟くことしか出来ない。一方のツキエは何も感じないといったようにただ無表情でそれを見つめていた。
しかしここで我に返った。ツキエがさっき言っていた方向での噴火だ。となるとあの工場と団地の町で起きたということになる。
「なんで!? なんでこんなことになってるの? 違うそうじゃなくて――そう! あそこには町のみんなが! 早く逃げるように言わないと!」
「無駄ですよ。もうみんな死んでます」
「なんでそんなことがわかるの!?」
「数え切れないぐらい見ましたから」
これだけの惨事を見ながら、ツキエの全く表情の変わらない様子にヒアリは背筋が寒くなった。
「仮にちょっと離れても意味はありません。0時11分、次始まります」
ツキエの言葉がまるで合図だったように今度は噴火が起きた場所だけではなく見渡せる地平線が突然真っ赤に燃え上がった。そして、美しいと誤解するほどの赤い火の手が空高く吹き出始めた。
「長さは確か113km。地面が割れそこからマグマが高さ数千メートルまで吹き上がります。暇だったので測ってしまいました。さっきの爆発から私たちの町の人が逃げたとしてもこれでみんな死んでしまったでしょう」
ただ淡々と――本当に淡々と語るだけのツキエ。
しかし、ヒアリは諦めない。
「でも! だったらもっと遠くに逃げればいいよ! 100kmとかじゃなく、何百kmでもそれこそ国外でも! こんなことが起きるってわかっているのならどこまでだって――」
「背後を見てください。さっきより近いので衝撃と音にも注意です」
ツキエがヒアリの言葉を遮り突然後ろを振り返った。ヒアリもつられて振り返った――その瞬間。
「…………!?」
声にならない悲鳴を上げる。今度はさっきとは全く違う方向で爆発が起きたのだ。今度はドキュメンタリーなどでよく見るきのこ雲が空にたかだかに舞い上がる。
数十秒後呆然としているヒアリに衝撃音がぶつけられた。危うく転倒しそうになるが、すんでのところでツキエに抱きかかえられて耐える。
「気をつけてくださいと言ったじゃないですか」
「ご、ごめんなさい……」
ヒアリはそう答えて立ち上がろうとするが、足が奮えて上手く立てない。自分では割りと度胸がある方だと自負していたものの今の状況はとても平静ではいられなかった。
さっきは自分が引っ越したばかりの町の辺りで噴火のようなものが起きた。今度は全く違う場所で起きている。何が何だか分からない。
しかし、ヒアリは頭を振ってまたツキエに向かうが、逆にタブレットを差し出されて言葉が詰まる。
「ここ、携帯の電波が入るところなんです。見てください」
ツキエが見せたのは写真投稿SNSのサイトだった。そこには世界中で撮影された画像が大量に表示されている。
「なんなの……」
呆然とするしか無いヒアリ。凄まじい勢いでアップされていく画像はどこも同じようなものだった。空高く舞い上がる火球とマグマ、そしてきのこ雲、大規模な山火事……そんな惨事がヨーロッパやアフリカ、ユーラシア、北米、南米と全世界から投稿され続けている。
「私たちの町だけではありません。世界中で起きるんです、こんなことが。そして今日世界が終わるんです。誰も生き残れません」
「なんでなの……なんでこんな……」
ヒアリはただ嘆く。
「わかりません」
ツキエはここではじめて苦しげな表情を浮かべた。
「わからないんです。何度も調べようとしました。世界中のあらゆるところへ行きました。沢山の人達から話を聞きました。ニュースも資料も新聞も本もたくさん読みました。でも、わからないんです、月曜日の0時3分に世界が終わる理由が」
ひねり出すような言葉にヒアリの心が痛む。何か言葉をかけてあげたい。そう思っているが何をいえばいいのか全く思いつかない。
二人の間に沈黙が続く。聞こえてくるのは小さな地鳴りと遠くから聞こえてくる散発的な爆発音だけ。
「ツキエちゃん――」
「次、真下です」
「え」
ようやく出せたツキエの名前もすぐに遮られた。同時に激しい地鳴りと揺れが始まる。
「この山が消し飛びます。0時24分」
「そんな……」
ヒアリは混乱する。早く逃げないとまずい。あんな爆発が起きるのなら間違いなくふたりとも死ぬ。しかしどこに? 辺りは真っ暗で登るのに一時間以上かかるんだから降りるのにも同じぐらいかかる。
逃げ場がない。ヒアリの心に絶望感だけが残る。
「ごめんなさい」
ぽつりとツキエの声にヒアリははっとして顔を上げる。見るとひどく悲しげな表情をしていた。
「本当にごめんなさい……私はあなたをこんなところに連れ込んでしまった……!」
瞬間、山の真下で大爆発が起き地面そのものが垂直に持ち上げられ、ヒアリとツキエも一緒に空へ放り投げられて――
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