第3話 友達が私のことを覚えていない(月曜日)
「カナデ・ヒアリです。よろしくお願いします」
パチパチパチ。
ヒアリにとって5回目となる転入の挨拶。さすがに5回も繰り返すと挨拶に元気さがなくなっていることが自分でもわかってしまう。
クラスの中を見回すと空いている席はヒアリが座る予定になっている窓側最後尾だけ。今回は廊下側の席が埋まっている。ツキエが登校してきているのだ。
「じゃあカナデさんはとりあえず窓際の一番後ろね」
「はい……」
「大丈夫? 元気ないけど」
「あ、いえ、大丈夫です。ちょっと緊張しているだけで」
露骨に態度が変わってしまっているせいか、教師の言葉に変化が見られた。
ヒアリはそそくさと窓際一番後ろの席へと座る。
その後ホームルームが終わり
「あたし、シマト・エリミ。よろしく」
エリミは振り返って握手を求めてきた。
その途端、ヒアリは軽いめまいを憶えた。エリミは知らない。自分のことを知らない。もう4回も友達になったのに、そんな友達から知らない人に対する挨拶をされている。
誰よりも周囲の人達と仲良くして友達になることを心がけているヒアリにとってはこの事実は耐え難いものだった。
「……憶えてない?」
「え?」
唐突に言われて、エリミはきょとんとしてしまう。
「ねえ、憶えてない? 私たちこうやって挨拶するのこれで5回目だよね。1週間前も2週間前もその前もこうやって会話して仲良くなって、団地の中とかいろいろ連れて行ってくれたよね?」
ヒアリもこんなことを言っても仕方ないとわかっている。だが止められなかった。
それを聞いたエリミは露骨に困惑顔を浮かべる。
「あ……ああ、うん。大丈夫? 転校で緊張して混乱とかしちゃった? とりあえずもうすぐ授業だから準備した方がいいよ」
そして、背を向けてしまった。その後小さな声でつぶやく。
「まいったなぁ……変なのが後ろに来ちゃった」
しまった。嫌われてしまった。
ヒアリの心に絶望感と虚無感だけが蔓延し、そのまま授業が始まった。
ツキエはただその様子を力なく眺めているだけだった。
――――――
一時間目の授業が終わったと同時にヒアリはツキエを裏庭に連れ出した。
「ツキエちゃ~ん、時間戻してぇぇぇぇぇ」
みっともなく半泣きでツキエに抱きついてしまう。
ツキエも困惑した表情しか出来ず、
「なんですかいきなり。どうかしたんですか?」
「エリミちゃんに嫌われちゃったよぅ」
ぐずぐずと鼻水を鳴らすヒアリに、ツキエは視線を合わせづらいのかあさっての方を見て、
「シマトさんですか? 横から見てましたが、あんな言い方したら気味悪がられるのは当然でしょう」
「でもでも! せっかく仲良くなったのに、知らない人みたいに挨拶されるのはつらいよっ」
ツキエはただただため息を吐き、
「私のせいでこんなことになっているので時間を戻すのは構わないんですが、そうしたところで何も変わりませんよ」
「…………」
ヒアリは言葉に詰まるが、ツキエは構わずに続ける。
「仮に時間を戻してまたシマトさんと仲良くなったとします。ですが、月曜日になった途端にまた昨日に戻ります。そうしたらまた同じように聞かれるんです。それでもいいですか?」
「…………」
「私には意味があるように思えませんが。同じことを繰り返すだけです。まあ何をやってもそうなるので早めに慣れるという手もありると思いますが」
ヒアリは考える。ツキエの言っていることは間違ってない。もうすぐ世界が滅び、何があっても時間が戻る。そうすればエリミの記憶も戻りそれまで築いた関係も全て白紙になる。それがずっと続く。永遠に。
――しかし、だ。
「……私、諦めないよ。絶対に。エリミちゃんと友達になる方法を探すんだ」
「そんなこと言われましても」
ここでツキエははっと気が付き、ヒアリを睨みつけ、
「言っておきますが、これ以上他の人をループの中に閉じ込めるのはやりませんからね。こんなことは私だけで良いと思っていたのに、ヒアリさんを巻き込んでしまっただけで後悔しているんです。だから」
「うん、それはわかるよ。ツキエちゃんが嫌がることはしない。それ以外の方法を探すんだよ」
ツキエは困惑し、
「そんな方法があるはずが……」
「探すよ。永久に繰り返すのなら、時間だって無限にあるんだよ。だったら方法だって見つけられるよ。諦めなければきっと見つかるよ!」
そんなヒアリのやる気満々の姿にツキエは軽くため息を吐いて、
「まあ好きにして下さい。時間はいくらでもありますから」
「うん頑張る!」
あくまでもポジティブシンキング。それがヒアリの信条だ。
ふとツキエは制服のポケットからスマートフォンを取り出し、
「ああ、そうです。時間を戻したくなったら電話して下さい。つながれば一応戻しますので」
そう言ってディスプレイに自分の電話番号を表示する。
ヒアリは慌ててメモを取ろうとするが、
「ああっ、急いで出てきたから紙とか持ってないっ」
「いやメモしたところですぐに消えるから意味ないんですって。憶えて下さいこの場ですぐに」
「ふええぇ。暗記は苦手だよぅ」
ひたすらヒアリは電話番号を復唱し続ける。
やがて二時限目のチャイムがなるが、二人は無視して、
「じゃあ戻します。何かあったら電話を。私は適当にうろついていることが多いのですぐに見つからないかもしれません」
「わ、わかったよ」
ヒアリはやや緊張気味に――
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