第8話『終幕』
逆巻く黒炎の海、呑み込まれたのは昨日まで子供達の元気な声が響いていた校庭、校舎。
炎に侵されたものは全て砂の如く灰と成り果て崩れていった。黒炎はそこにあった全てを嘲笑うように万物を灰に還す。それに命が有ろうと無かろうと。
「間に合わなかった。ごめんなさい。リザ、この炎」
空から降り立った少女は消え入りそうな声でそう呟いた。続けて空から舞い降りたリザと呼ばれた女性も苦痛に顔を歪め眉根を寄せる。
「せめて、この炎だけでも祓おう」
リザは祈るように顔を俯かせ、大地を強く踏みしめると砕かれた大地に幾何学的に金色の光が広がっていく。やがてそれは魔力に侵される大地に金色の魔法陣を造りだした。
たった数時間の惨劇、それは数多くの命を奪い、舞い降りた時と同じように唐突に終わりを告げた。
「意味わかんない、戦える人だけ狙えばいいでしょ! なんでこんな無差別に!」
「ミア、落ち着け」
ローブの奥からは涙がはらはらと地に落ちる。
金色の光が黒い炎を消していく中、邪悪な魔力の残滓が煤のように風に舞った。
「拳真、ねえ、死んじゃ嫌だよ」
その時、命など残っているはずの無い場所ですすり泣く声がした。目を見開きリザとミアが声の主を探すと一角だけ黒く侵されていない場所があった。
「これは......」
二人が駆け寄った先、そこには半透明の障壁が築かれていた。硝子のようにひび割れたそれは幾本もの黒剣に突き刺されながらも中にいる二人を守っている。
リザはその異様な光景に息を呑む。全身に傷を負った少年に縋りつき必死で名を呼んでいる少女にもまた致命的な傷が刻まれている。
「君、所属は?」
「誰? あなた達」
リザの問いかけに飛んできた鋭い視線。
少女の涙に濡れた目は尖り、敵意と警戒を剥きだしにしていた。
「どうして? なんで? 私達が何をしたっていうの?」
「質問を変えよう、君はこの街の人間か?」
錯乱した少女はリザの問いかけに唇を固く結び睨み返す。少しツリ目気味の可愛らしい瞳に浮かぶ猜疑と哀しみは野良猫を連想させた。リザは頭を掻くと一度少女を落ち着かせようと腰を屈めて視線を合わせる。
「私達が、拳真が何をしたっていうの!」
「光あるところに闇あり。しかし闇あるところに光があるとは限らない。世界は理不尽にできている。災禍に理由があるとは限らないんだ」
「なにそれ、わかんないよ」
少女の悲愴に歪んだ顔は痛々しく、血を失い蒼白となった表情から漏れる吐息は不規則だった。今にも消えてしまいそうな命の火。けれどその瞳には強い光が宿っている。
「何があった?」
リザの問いかけの傍らでミアが障壁に触れようとすると、少女は身を竦めてローブの奥を睨んだ。ミアは小さく謝りながら手を引き退がる。少年を抱き締める少女の手は震えていた。
「空からたくさん剣が降ってきて、拳真が立ってて、剣がたくさん拳真に刺さって、拳真が死んじゃうって、それで」
取り止めのない説明。無我夢中、彼女自身、事の顛末を正確には記憶していないようだった。それでも二人は慎重に言葉を拾っていった。少女が言葉を絞り尽くし、嗚咽したのを見計らってリザは身を起こす。
「私達は君達の味方だ。その子と君を助けたい」
その言葉に一瞬だけ明るくなった少女の顔は、しかしすぐに疑念の色で染まってしまう。
「そう言って騙すつもりなんじゃないですか? あなた達があの人の仲間じゃないって証拠は?」
的を射た問いかけ。少女は優しく強い心を持ち、聡明なようだった。
「証拠は無い。信頼してくれとは言わない。君を助けるのに、君の許可はいらない」
「え?」
リザのその返答は、少女にとっては予想外の答えだったのだろう。驚愕に気を取られ警戒を解いた少女の顔は、なんとも可愛らしいものだった。「頑張ったな」、リザはできるだけの親愛を込め微笑みを少女に送る。
この地では奇跡が起きたのだろう。だが、その奇跡が呼び込むのは光か闇か。沈鬱に瞑目するリザの横でミアが少女の前に跪いた。少女の警戒は少しだけ解れ猜疑は困惑に変わっていた。
「ごめんね、でもこれ以上はあなたの命がもたないの。ちょっと乱暴になるけど、安心して今は休んで」
障壁に手をついたミアの手に温かな光が輝いた。光は少女の魔法を慎重に溶かしていく。害意や敵意が無いことを示すように穏やかに、静かに。
もう夜は明けていた。雲間から差し込んだ朝日に少女の魔力の欠片が朝露のように煌き少年を抱きとめ離さない少女は眠るように意識を失っていった。
異界の次に滅びなさい? @owarioboe
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