百五十七振目 日本刀買い始め2(酷い目に遭わぬために)
こんな事に気を付けましょう、騙されないため注意しましょう……そうは言えど、一般的な注意喚起と同じで身に染みては分からないかと。
でも誰にも騙されて欲しくないし、それで刀剣を嫌いになられるのも哀しい。ですから、もう少し具体的な内容で少しでも説明ができればと思います。
ただし、ここにあげる内容が全てではありません。誰かを騙すための手法というものは、それこそ無数に存在します。
あくまでも一例。
【騙されやすい値段】
騙すような品は高額品では? そう思うかもしれませんが、むしろ逆で安い層(刀剣的には安い層の百万以下)で網を張っている感じが多くあります。
高額品で騙せばリターンは大きいでしょうが、しかし買う側も慎重になるので、なかなか騙せない。しかも慎重な相手を騙すため細工にも手やお金がかかる。それであれば……刀剣の買い始めの一番騙しやすい人をターゲットにした方が楽です。
だから
こんな安い値段(あくまで刀剣としてはですが)で騙す?
あんな無銘や知名度の低い刀剣で偽物をつくる?
そんな感じの品が多いです。
とくに値段としては二十万以下の層、五十万以下の層でそうした刀剣が存在します。これが何故かと言いますと、人は誰しも最初から高いお金が出せないからです。
お金を使うことに慣れた人でも、いきなり趣味で「刀剣にお金を使う」ことには躊躇が存在します。
すると、心理的に刀剣の買い始めの頃に出せる限界が定まってきます。
この出せる心理的限界は、概ねで二十万以下。
数万から十万以下であれば軽いお試し気分、二十万ぐらいまでなら思い切った気分でお金が出せてしまう感じでしょうか。
しかし、そんな二十万以下でまともな刀剣は刀剣店にあるはずがない。
そうしますと、
刀剣を買おうとする→真っ当な店に安い刀が存在しない→ネットで検索するので自動的にオークションの広告が表示される→安い刀が目につく→オークションに誘い込まれる。
こんな流れが生じます。
だから殆どの人はオークションサイトで、まずは数万から十数万で騙される。
そして次の段階。
騙された人も悔しがりつつ、十万以下ならそこまで痛手でもない。だから前回のリベンジで次の刀剣を買おうとします。
この時は、一度買った後なので心理的な抵抗が減っています(もしくはタガが外れるとも)。しかも、二十万より上の値段を出せば、今度こそ良い品が買えるに違いないと思ったりします。
だから今度は五十万ぐらいまで出せるようになるわけです。
というわけで、オークションなどは二十万以下の値段層、五十万以下の値段層で特に網が張られている雰囲気があります。
では、百万出せば良い品がオークションで買えるかと言えば……オークションは偽物や不出来の陳列場状況ですから、そんな事は全くない。
ですけど、それはまた別の話ですね。
【よくある怪しさの例】
○二十万程度でよくある怪しき品
短刀・脇差しなどが多い。刀であっても身が細る。
古刀という響きを醸し出すため、設定として末古刀辺りを騙る場合が多い。または慶長から寛文辺りの設定も多い。あまり著名でなかったり、または人気のない刀工や、幅広い年代で銘の続く刀工(祐定、波平、三原とか)にされる場合が多い。
刃がない。再刃繕いなども多く酷い疵なども多い。欠けたり傷や錆びだらけという場合もある。
お金をかけない品のため、大体にして研ぎは悪い。
○五十万程度でよくある怪しき品
脇差しが減って、刀や太刀や短刀が増える。
時代設定も上がって鎌倉や南北朝頃が騙られる事が多くなる。著名や人気銘など、多くが知る銘を騙る場合が多い。または大名登録、大名家伝来、貴重な品、大発見といった虚仮威しの言葉が増える。家紋入り拵えなどが付く場合も増える。
再刃繕いは相変わらずながら、しかし露骨に刃がない作や疵欠点が明瞭な品は減り、致命的な欠点は上手く隠されてくる。
多少はお金をかけるため安研ぎもされる。だから著名刀剣の騙りと合わせ写真の撮影具合によっては良く見える品もある。
関係の無い資料(重要美術品等の押形、特別重要刀剣の資料、江戸期の刀剣書など古文書風の資料)が並べられたパターンが多い。
また、書籍に記載されたバブル期の目安値段が刀剣の紹介っぽく掲示され、如何にも高額な印象を与える場合が多々みられる。
【実例:五十万円の粟田口とされる怪しい短刀】
これは騙された人が店に売却した品を見た感想です。
ぱっと見た瞬間から全体の姿そのものに首を捻る。
樋の入り方がおかしく、さらに刃区から研ぎ溜まり茎への形状に凄い違和感がある。なにより錆際が一直線で朽ち込み具合が奇妙。茎の錆をみると、その妙に朽ち込んだ上にベターッとしている。その錆や朽ち込み具合に対し、銘の字体は太く明瞭で違和感がある。ただし銘の鏨跡は(感覚として)ふにゃとして甘く弱い。
地鉄は肌が詰みすぎた鏡肌、鍛え疵が随所に見られ、研ぎがケバケバしく落ち着きがなく刃取りも露骨に白い。鋒の返りは深く固く止まり何とも不思議。姿と刃区から研ぎ減りが感じられるが、一方で刃の付き具合は何故か太く多くある。
これは何かと言えば、正体は現代品を加工したもの。薬品で朽ち込みを演出(だから銘がふにゃふにゃ)した後にサビ付けをしたもの。研ぎ減り感を出した姿で作成した後に刃の焼入れをしている感じ。
ただし加工にしてもあまりにもお粗末過ぎるので、恐らくは海外で行われたものと考えられるらしい。
と、まあ私程度でも簡単に分かる怪しい品。
うーん、しかし何故買うのか。粟田口は凄い!有名!名品!、そんな生半可に知識のある状況でホイホイ買ってしまうのだろうか。
粟田口の場合は無銘特保の刀でも五百万、無銘特保の短刀でも三百万はする(でも品は滅多に出ませんが)。その辺りの値段感覚さえあれば、五十万で売られる時点でおかしいと思えるのですが……。
誰だってポルシェが五十万円で売られていたら怪しいと思いますよね。
それなのに粟田口が五十万円で売られていても怪しいとは思わない。
なんとも不思議。
んー? 案外と五十万という辺りがミソでしょうか。
一般的に日本刀は高いというイメージがありつつ、その値段はあまり知られていない。他の趣味から考え五十万は大金の部類ですから、そうした感覚のまま値段と品のつり合いを誤認してしまうのかも。
だから五十万という値段に対し、リスクはあるがもしかしたら凄い名品が手に入るかもしれない……と、本物である可能性を見いだしてしまうのでしょうか。
やはり欲に目が眩むと良くないということですね。
被害者は粟田口というネームバリューに釣られ五十万以上で購入。店は三万で買い取ったので、痛い勉強代を支払ったようで。
三万でも売れるの? と思うかもしれませんが……ええ、まあ店も旗師との付き合いがありますからね、はい。
この偽粟田口も、どこかで次の人を待っているでしょう……黒い黒い。
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