百九振目 東京行状記3
今回は重要刀剣の申請で東京に行って参りました。
【申請までの流れ】
重要申請初日の11時前に刀剣博物館に到着すると、入り口には初老の男性が一人待機していた。彼は会釈をしながら講堂へ進むように告げ、私はそれに従い静かな館内を進む。
講堂に足を踏み入れると、いつものように縦長にテーブルが置かれ少し奥で右に向きを変え並んでいる。中央には大テーブル、そこでは数人が書類の書き込みを行い、壁際に並んだ椅子には待機する者が何人か。
縦長テーブルの手前で係員が申請書の有無を確認してくる。
「記入されていなければ、テーブルで記入をお願いします」
「いえ、記入してきました」
「ではこちらに頂けますか。今ですが、混み合っていますので少々時間を頂きます。呼ばれるまで椅子にお掛けになってお待ち下さい」
ちらりと奥を見やると、その右に並んだテーブルに五十本以上の刀を並べる初老の男がいた。ちらりと聞こえた声では代理申請らしく、私の脳裏には最近大量申請するお金持ちの事が過ぎる。
どうやら、今年の申請も厳しくなりそうという事らしい。
大量申請という事で、これは時間がかかりそうだと長期戦を覚悟し、私は壁際に並べられた椅子に腰掛け待つことにした。
座るなり隣になった老人が話しかけてきた。
重要の申請では、得てしてこうした老人がいるのだ。やはり、いつものように捉まってしまった。
まるで身辺調査のように、どこから来たのか何を申請するのか尋ねてくる。静かな講堂に大きな声が響く。適当に返事をするが、なかなか話は終わらない。仕方なく電話があったフリをして廊下に出て時間を潰すことにした。
廊下のラウンジで飲物を購入していると、今度は顔を赤くし激怒した別の男性が電話をしている。どうやら、あの大量申請のせいで時間が長引き予定に間に合わないと怒っているようだ。
人の怒鳴り声は聞いて気分のよい物でもない。
また講堂に戻る。
申請が進まないため講堂内は混み合いだし、私は先程の老人を避け大テーブルの方に座って待機した。
老人は別の人を捉まえしきりに語っている。彼は何かと大声でうるさい。
「来国次と思っていたら延寿に鑑定されてしまった」、「登録証を役所に確認すると全国照会になって、役人はお役所仕事だ」、「教育委員会に俺が電話してやると、下っ端で無く課長が対応してくれる」、「地元の若手研ぎ師に仕事を与え、俺が育ててやってる」、「重要の合格は運だ」、「合格したければ○○先生に観てもらい、研ぎ師を紹介して貰って金を落とせ」、「今は大量献金しているやつだけ合格する」、「最近は協会も刀を観えるやつが居なくなった」、「俺の若い頃は、○○さんや××さんとか凄い人がいたものだ」
こんな場所で話すべきではない内容をポンポン口にしている。如何にも昔ながらの刀剣愛好家で、離れた事はやはり正解だった。
そんな声を聞き流すが、まだ大量申請の確認は終わらない。
テーブルの前に背広姿の男が座った。
見覚えのある顔は刀剣○○の旦那で、向こうが覚えているかは知らぬが軽く会釈だけしておく。見ていると彼は――なぜこんな場所で確認をする必要があるのだろうか――持って来た二十本近くの刀を次々抜いては確認しだした。照明の下に白刃が煌めき、まるでそれを周りに見せつけたいかのようだ。顕示欲の強い彼らしと言えば彼らしい行動だ。
視線をそらすと、やはり刀剣商の□□屋の若旦那がいた。こちらも三十本近い刀を持って来ており、昔は日刀保に努めていたという話の通り、知り合いの係員と親しげに話をしている。
さらに○○店の人もいて、こちらは申請は十本程度と常識的な範囲だ。会釈をされたので会釈をしておく。私の後ろにも人がいるので、もしかすると別の人に会釈をしたのかもしれない。だが、目が合ったので問題はないはずだ。
こうして、あちこちの店舗が大量に申請をしている。だが、各店とも例年の合格では一振りか二振りのはず。数十本に及ぶ申請費用や刀の運用はどうしているのか少し気になるところだ。
いや、そんな事よりもこの講堂には百以上の刀が集結し、それぞれが数百万はするはず。その集う金額の割りに警備体制が甘いような気がしてしまう。とはいえ、下手な強盗が来れば飛んで火に入る夏の虫だろう。物が物だけに。
それにしても、刀剣商と一般人の区別は用意だ。背広やきっちりした服装で数十本を持ってくるのが刀剣商、チェックの上着などラフな格好でゴルフバッグで一本だけ持ってくるのが一般人となる。
とりとめもない事を考えぼんやりしていると、ようやく大量申請の確認が終わったらしい。この時点で、すでに到着から一時間は過ぎていた。
ようやく次々と呼ばれだすが、あの刀剣○○の旦那は後から来ておきながら、自分が呼ばれたつもりで騒いでいる。やはり彼らしい横柄さだ。
そして私が呼ばれた。
「すいません、非常にお待たせしました。すいません」
係員は申し訳なさそうに謝罪し、先程提出した申請書を並べている。
私は確認テーブルに刀剣を置いた。後は鑑定書を置くだけなのだが、彼が確認しやすいよう封筒から取り出し提示していく。やはり本数がある――もちろん刀剣商とは比較にもならない程度だが――ので、気は心とはいえ手伝うべきだと思うのだ。
そんな気遣いが彼は嬉しかったらしい、少しくだけた雰囲気となった。
「登録証の番号が○○○ですか、これは縁起が良いですね」
「もう番号だけで価値がありますよ」
「はははっ、そうですよね」
彼は雑談をしながら申請書を確認し、記載部分にチェックを入れている。
気安い雰囲気のため、軽く尋ねてみた。
「ところで、混まない時間や日はありますか?」
「何とも言えないところですね。だいたい、均等に混みますから。ただ、今回はちょっと大量でしたから特に混みましたけど」
「いつもは一時間ぐらいですからね」
「そうなんですよ……はい、全て確認できました。こちらが引換券になりますので、大事に保管をして下さい。お待たせしました」
「では、よろしくお願いします」
自分の大事な刀を送り出す気持ちで頭を下げ、私は空の鞄を担ぎ講堂を辞する。廊下に出て時間を確認してみると、到着から一時間半以上が過ぎていた。
隅田川を眺め悩むのは、お昼はどこにしようかという事である。
・・・
・・
・
とまあ、こんな感じが重要刀剣の申請でした。
一応ですが申請の時は一時間は見込んでおいて下さい。タイミングが良ければ、直ぐに終わりますが刀剣商などの後になると、かなり待たされます。やはり申請書は事前に記入しておいた方がベターかと。
しかし見ていると、平均年齢60数歳という感じの申請者は横柄な人が多い。たとえ係員は仕事とはいえど、きちんと挨拶ぐらいすべきかと……。
なんにせよ、50振り40振り30振りと申請する刀剣商でも1振りか2振りしか合格しませんので、如何に合格率が低い事か。
合格基準を満たした刀剣全てが合格するのではなく、出来の良いものから一定数が合格となります。1000本の申請に対し、合格は150~120ですので1割強しか合格しません。しかも、国や時代を分散させる(つまり、古刀ばかり合格するとか、備前ばかり合格するという事がない)ので、古刀の備前なら10本程度、古刀の相州なら5本程度しか合格しません。
そんな中で、特定の個人のみ大量に合格しているため「大量献金している人のみ合格する」と老人が息巻いていたのも無理なからぬことかと……。
さて、出発前日に準備をしたのですが幾つかハプニングがあり、やはり準備は早めにすべきと痛感したところです。
一つめは思ったより申請物件が多すぎ運ぶのが大変なため、やむなく一部を申請を次回にせねばならなかったこと。これは脇差しでしたが、他と長さが合わずしかも拵えもあったので、運搬を諦めざるをえなかったです。
二つめは小柄と笄に緑青が出ていた点。これらは桐箱に入れ、自分の認識では一年(よくよく考えると三年)ぐらい中を確認していませんでした。桐箱の中なので問題ないと安心していたところ、開けてビックリの緑青。幸いにしても緑青が定着する前のため、するっと全て除去できました。
後で刀屋さんで尋ねると、素手で触れたり刀剣油が付着していると緑青が出るそうで。銅地に色絵が施されており、縁や年代で擦れ色絵の薄い箇所から緑青が発生する場合が多い、初期の緑青であれば拭いて取れるが、定着し固くなると除去困難とのこと。
重要刀剣の申請ですが「申請物件」とある欄に記入する内容のメモ。
1.登録証の内容ではなく、特保鑑定書の内容「無銘(○○)」などを書く
2.鞘書きについては、資料として記載する必要は無い
3.拵えについては、「拵え一式」ではなく「拵え」とのみ記載
4.資料等がある場合は、掲載書籍の名と頁数を記載
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