百八振目 村正を妖刀として売る店は要注意

 村正の刀となりますと妖刀・ムラマサソード・徳川キラーなどなど言われ、時には正宗の弟子伝説もあったりします。

 ですが、実体はどうなのか。


 まず村正は伊勢国の刀工になります。

 ここは極めて平和で戦乱の欠片も無い平和な土地。室町時代中期になって、ようやく需要と供給の関係から、村正たち千子鍛冶が現代の桑名市近辺に出現したわけです(昔から多少はいたのかもしれませんが)。

 その初代村正は農具関係の鍛冶から刀鍛冶に転向しています。

 で、不思議なのが京都の平安城鍛冶の弟子となった事で……現代と違い弟子入り条件は厳しいです。しかも伝統ある京刀鍛冶に村の鍛冶屋が弟子入りなど普通は有り得ない。

 それが弟子になり、しかも後年になると師匠の子が今度は村正の弟子になるといった通常ではありえない事も起きています。つまり……村正には名門鍛冶となんらかの関係、もしくは権力者の強い後押しがあったのかもしれません。

 とはいえ、伊勢国内での扱いはどうだったかと言えば……伊勢神宮の内紛時には美濃国の兼定が刀を提供しています。同国内の村正はスルー? 兼定は美濃鍛冶の中心存在なので仕方がないとはいえ、少し気の毒な感じが……。


 なんにせよ村正に対する評価は、古来から垢抜けない田舎鍛冶というものです。

 例えば棟の形状でも、真棟もありながら丸棟(田舎鍛冶に多い)もあります。刃文にも叢沸(良くない沸)が付く。彫刻も下手。全体の印象として言われるのが、美濃伝に相州伝を加えた田舎臭い作というものです。

 ただし斬れ味には定評があり、東海地方には広く出回っていた様子。

 東海道を辿れば伊勢国から尾張・三河へと続いていますし、七里の渡しが出来る以前より伊勢と三河を繋ぐ海路は存在していたので、三河武士も村正の刀を多く持っていて当然。

 家康の祖父や父や、息子に村正の鍛えた刀が関わっても不思議ではないです。

 なんにせよ家康の遺品に村正もあります。昔は縁起を非常に担ぎましたので、本当に不吉というなら持っているはずもない。つまり幕藩体制が固まる中で講談などを通じ、徳川VS村正の構図が勝手に出来上がったわけです。

 なお寛永11年には、旗本の一人が村正の刀を所持しているとして処罰(切腹)されています。ただし、もう少し詳しい資料においては、大量の武器や火薬を所持した中に村正の刀があったという状況だそうで、単純に村正を所持したので処罰したものではないようです。

 しかし、処罰の理由の一つに村正所持があげられているので、寛永11年頃には村正が徳川家に祟るといった噂は世間に浸透していたという事でしょうか。


 幕末の頃は倒幕の機運もあって村正が大人気となり……さらには明治以降は過去の幕藩体制に対する反発もあって、村正の評価が高まる。そうした背景もあり、妖刀っぽい凄い刀だというものが擦り込まれ、さらにはゲームなどを通じ『村正は凄い!』というイメージが定着した……のかな。

 村正が正宗の弟子という伝説もありますが、村正(西暦1500年頃の人物)、正宗(西暦1300年頃の人物)という点を考えればありえません。もちろん正宗は数々の超人伝説を持っていますので、200歳や300歳まで生きたという可能性もあるでしょうが。


 村正と美濃鍛冶には繋がりがあったのは間違いなく、美濃鍛冶の何人かが伊勢まで行って(例えば之定など)合作刀をつくっています。

 美濃鍛冶のルーツの一つは大和。

 その大和から伊勢に出て木曽川沿いに美濃地方に広まっていったという流れが影響しているのかもしれません。村正も大和に関わりがあるのなら、田舎鍛冶が京都の名門鍛冶に弟子入り出来た理由も説明が付きそうな感じ。

 村正一派は千子派とも呼ばれてまして、村正以外に正重・正真・藤正と「正」の字を使う刀鍛冶がいます。

 村正が誕生するのは諸説あり定説はないようですが、現存する品の年紀からすると「文亀」からとなり、これは二代兼定が活躍していた時期となります。

 その村正は三代続き、いずれの銘もよく似て同じで区別がつないと言われています。なお実際には四代目も存在しており、これは慶長頃になります。


 村正の在銘特保の短刀が、250万または400万弱。

 孫六の在銘特保の短刀が、200万弱。

 と、少々高いです。しかし正直な感想としては、これは刀の出来そのものの評価ではなく刀の持つ知名度によるところが大きいような……。年に一本か二本程度を見かけますが、どうしたわけか短刀の場合が多く、刀としてはあまり見かけない。

 なんにせよ知名度があるため偽物も数多いです。

 それこそ街の骨董フェアで胡散臭い老人が「天下の妖刀村正、安いよ!」などと炎天下に野晒しで売っているぐらいですし。オークションでも良く出て参りますが、なぜか「村正」とクッキリ銘が入っていたり……せめて徳川家に配慮し、改銘した状態の偽物にでもすればいいものを……。

 村正を売っていたら、売り口上の説明を見ましょう。そこに普通の説明として「妖刀」という文字があるなら良いですが、盛んに「妖刀!」として書かれていれば、どういった店か分かりますので。


 村正ファンには申し訳ないですけど、あまり好きではないです。

 知り合いに見せて貰った範囲ですと……確かに物切れしそうな力強さが刃文、地鉄にあります。しかし、相州系よりも強すぎ雑すぎな感じがあり、刃縁がギラつきます。表裏で揃った刃文は揃いすぎて動きに固さがあり、何より態とらしい。姿形は中途半端なズングリムックリ、つまりスラッとした感じもなければ、相州系のような力強さ、美濃系のような頃合いさが感じられない。茎も極端にタナゴ腹すぎて露骨。

 ただし力強さは凄く感じます。

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