九十六振目 吉岡一文字もけっこう不遇

 吉岡一文字について。

 赤磐郡吉岡の地で活躍した刀工の総称であり、そこで鍛えられた刀になります。福岡一文字から派生した集団ですが、吉井川を挟んだ対岸(左岸)という立地条件。

 なお、備前伝発祥の地は幾つか説がありますが、吉岡の地もその一つにあがっています。その辺りの真相は不明ながら、吉岡一文字が始まる以前より刀鍛冶の一派がいた地である事は間違いないようです。


 ざっと歴史をみると、古備前定則の子である則宗により一文字が始まり、その子(または弟とされる)の助宗がいて、その孫の助吉によって吉岡一文字が鎌倉時代中期頃から始まり、鎌倉時代末期か南北朝時代に消えていきます。

 助吉(福岡一文字にも同名がいるが別人)、助光、助茂、助次、助義などが存在し、後は名を知られていない刀工も多数存在。

 全体として反りが浅く元先の幅が少なく、焼き頭の揃った丁子を焼きます。

 私の観る感覚からすると、出来は一文字より長船正系に近いかと思いますがどんなものでしょうか。


 博物館の展示は概ね福岡系の一文字が多いため、吉岡一文字はあんまり人目に触れていない。もちろん鑑賞会でもあんまり出て来ない。

 それは福岡一文字の出来が良いからで、吉岡一文字派品格が劣るいった情報ばかりが先行してイメージや評価が悪いせいかも。

 なんと不遇なことか。

 実際みるとそうでもないです。

 常に福岡一文字と比較されるため評価は何やらパッとしない印象ですが国宝や特重も存在しており、日本刀黄金期の鎌倉時代において他工より上として認められている流派です。


 とりあえず大磨上無銘二本を比較してみますと、次の通り。

1)形状

 一 文 字:反り2.0、元幅2.9、先幅2.0

 吉岡一文字:反り1.3、元幅2.7、先幅1.9

 大磨上無銘なのでなんとも言えませんが、反り以外はそう変わらないように思えますが……実際に二本を並べてみますと印象が全く異なります。

 一文字は茎から反りがあり現在の刀身半ばからグッと反りが入り、そこから幅が狭まり軽い反りを持ちつつ鋒に結ぶ。先細く優美な印象。

 吉岡一文字は茎から刀身半ばまでほぼ反りなく、半ば付近で反りが入り幅はほぼ変化せず先に向けてはほぼ直線で鋒に結ぶ。ガシッとした豪壮な印象。

 数値上幅変化に差はありませんが、ずいぶんと違う。

2)肌。

 どちらも板目肌に杢が入ったものですが、印象としては随分違います。

 一文字は詰んで肌立たず鉄色が冴えて明るい。

 吉岡一文字は詰むが肌立ち、場所によって大肌。鉄色は冴える程ではない。

 どちらも地景と地沸はしっかり。

 肌立つという言葉も説明が難しいもので、簡単に言えば鍛え肌が目立つという意味。あまり良い意味の表現では使われない事が多いですが、古名刀には肌立つものが多く、結局は良くも悪くも使われる難しい用語です。

 なお、下手な研ぎでピカピカに磨かれると肌が完全に潰れ、ただのステンレス棒になりますので、肌立ち具合は非常に大事。

3)刃文

 一文字は焼きに高低があり、時には鎬に掛かり迫るほど。そして丁子の一つずつが細かく、何やら舞茸のよう。匂い深く出て、映りの立ち具合も明瞭。

 吉岡一文字は刃が平地の半分以上を占めつつ、丁子の一つずつが大きめで焼き頭が揃うため互の目調に見えたり。匂いが深くなく映りも強くない。

 映りは両者とも乱れ映りで差はなく、金線砂流しが横溢な部分も同様。

 しかし、吉岡一文字は焼き頭が揃いほぼ一直線上、あげくこれに刃取りをかけるため、さらに一直線の雰囲気が強まり、見た目パッとせず地味で寂しい感じがします。

4)刃の形状

 一文字の方がやや蛤刃の雰囲気で刃肉の付きが良く、吉岡一文字は刃肉の付きは良いが蛤的ではない。これは研ぎの関係もあるので何とも言えず。


 吉岡一文字の重要刀剣ですと在銘1000万以上、無銘500~600万といった感じですが……しかし出来に幅があるため値段にも幅があります。

 なにせ活躍時期が鎌倉中期から南北朝期と150年、当初は黄金期で最後は衰退期にさしかかるわけですから、当初と末期では同じ流派に思えないほど違ってしまう(これは福岡一文字にもあてはまる)。

 ですから吉岡一文字でも末期の出来が寂しい作は安くなり、重要300万や、特保150万となってきます。他よりは出来が良いとはいえど……うーん。

 しかし一文字はもとより吉岡一文字もなかなか出て来ない。

 最近は在銘がパラパラ出てましたが、以前は無銘の不出来がパラパラ出る時期もあり、全く出て来ない時期もあり……相変わらず出る時期と出ない時期があるような。

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