九十五振目 泣いた鞘書き

 最近は鞘書きのある刀がけっこう出回っています。

 その理由は、刀剣屋がこぞって依頼するため。もちろん全ての刀剣屋が行っているわけではなく……特定の店が次々と依頼しているのが現状です。

 依頼する理由は売るため。

 なぜ売るために鞘書きが必要なのか……たとえば之定を例にしてみます。

 二字銘で兼定(以下、定は之定状態)とあっても、これでは売れにくいわけです。之定と聞いて和泉守兼定と分かってくれる人は案外と少なく、分かっていたとしても二字銘より受領銘がある方が良いと思ってしまう。

 そうなると刀剣屋は「せっかく出来が良いのに二字銘では売れないな」と思って、鞘書きを依頼します。鞘書きで「和泉守兼定に被疑相違なし」と記されると、刀剣屋はそれを和泉守兼定として堂々と売るわけです。

 ただし念の為ですが、鞘書きで「これこれこう書いて下さい」と頼む事は出来ません。その点のコンプライアンスは守られており、刀剣屋が見てこれは間違いなく高評価と判断した刀が依頼されています。


 では、鞘書きがあれば必ず重要になるかと言えば……実はそうでもない。

 「優品」「佳品」とあっても不合格で、理由を聞けば出来は良いが研ぎ減って健全性に欠けると言われた話もあります。

 日刀保の重要指定で言うところの良品と、鞘書き内容での良品には齟齬があります。ついでに言えば、鑑定も同様で保存前に書かれた内容(〇〇に被疑相違なし)と、鑑定結果が違う場合もあります。

 とはいえ、鞘書きの人は何十何百どころか、何千単位で刀を観ているわけです。

 一本だけしか観ずに「これは凄い」と言う人と、何十本観た上で「これは凄い」と言う人では、どちらの判断が信じられるか? そうした意味で、鞘書き内容は刀を買う上で大事な評価になるかと思います。

 ちなみに、重要に合格した後に鞘書きされた場合は「第○回重要刀剣」とあります。合格した品は「優品」や「良品」、「佳品」と書かれて当然。

 重要以前に書かれた鞘書きこそ意味があるのかと。


 鞘書きはあんまり好きではない……と、言いつつも。自分の刀剣に鞘書きをして貰う事になりました。それらは人目にさらしたくないからと、入手してから自宅から一歩も出さず秘蔵し鑑定も特保で止め置いたもの。

 特保状態なので自分では良いと思っても、本当に良いのか分からないという事で、そのうちには重要に出すので一度は誰かに観て貰おうと依頼。

 依頼して1~2ヶ月(刀剣屋経由のためもあり、やや長いかも)で完了しましたが、とりあえずそれらの内容。

1)短刀その1

『地沸厚く地景を織成し沸映の立つ肌合に品良き○出来の直刃を焼き下半に〇頻りに絡み帽子に○が看取されるなど生ぶ茎無銘といえども同工と鑑すべき優品也』

2)短刀その2

『生茎無銘なり姿態および茎の形状共に格調頗る高く典雅な直刃を焼申候優品而時代鎌倉末期ならん』

3)刀その1

『生茎二字有銘同工は○と並び○鍛冶の双璧也本刀は精良なる鍛錬を見せ○や互の目主張の○の刃文を焼き匂口が冴えるなど○と併せ同工の典型を示す優品也』

4)刀その2

 『大磨上無銘の茎に本阿弥〇の同工極の〇銘有之同工は〇子とも言う幅広猪首鋒堂々たる鎌倉中期独特の造込を呈し鮮やかな乱映を伴ふ精良な地鉄に〇を交へて変化に富む闊達な乱刃を焼き匂口明るく冴へて出来宜敷所伝は正に妥当なる優品哉けだし〇に比して乱の房が梢小模様なる点が同工の見所なるべし』


 短刀や脇差しは片面に評価を記載し、裏面に刃長や鑑定年月と署名。

 太刀や刀は片面に評価と刃長と鑑定年月日と署名……なのですが、4)は書きすぎて片面に収まりきらず裏面にまで及んでいます。なお、このように大量に記された場合は特に良い刀の場合だそうです(ちょっと嬉しい)。

 とはいえど、署名の部分をみますと1)~3)は「識」とあるものの、4)は「観並誌」とあります。識は識別、観は観たという意味で、やっぱり4)は逃げられたなーと。

 実を言えば4)は訳あり刀剣で、日刀保の鑑定でも疑義ある代物。だからこそ、出来状態がずば抜け特重クラスながら一般人でも手に入るお値段だったわけでして……鞘書きで観て頂いて、今後どうするかを考えたかった。

 やはり「観」ときたかー、という気分。ただ「誌」とあるのは何なのか。こちらの意味はよく分からない。とはいえ、「観並誌」とある鞘書きは見た事がないので何ともはや。


 なんにせよ自分の刀剣を褒めて貰えるのは嬉しいです。なかなか鞘書きも悪くないなーと、他の何本かも頼もうかなーと熱い掌返しな気分でいたのですが……私は失念していたのです。

 世の中は等価交換だという事に!

 何かをしてもらえば、何かを返さねばならない!

 つまり謝金が必要という事を忘れてました。この件では道義上から金額は言えませんが、結構に高いとだけは言えます。ええ、もうどうして四本も頼んだのか後悔するほど。

 ちょっと泣けました。

 やっぱり安易に鞘書きを頼むべきではないです、はい。

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