七十五振目 研ぎは日本刀のお化粧

 研げば研ぐほど刀はすり減り薄くなる、といった事はさておき……研ぎの良し悪しで刀の見た目は本当に違ってしまいます。特に無銘刀の場合は、鑑定結果に則した研ぎが必要と言われるほどで、何ともはや。


 そんなわけで良い研ぎ師に巡り会えるかは非常に重要。

 以前はですね、良い研ぎ師なら名刀展や新作展の上位者の事だと思っていたわけです、はい。ですが、これはと思う人に頼んだものの……。

 刀剣商に愚痴れば、「コンクールや展覧会に出す作は、賞や客寄せのための特別ですから」だそうで……研ぎよ、お前もか。

 なぜかと言えば、実は刀装具制作でも経験がありまして……そちらも上位入賞者は展覧会出品作(もしくは社会的地位のある人の依頼品)は精魂込めてつくるものの、一般からの依頼物は……という状況でした。

 HPに〇〇賞受賞と示し、精魂込めた作の画像さえあげれば頼まなくても各方面から依頼が舞い込む。後はそこそこ適当に仕上げさえすれば問題なし、といった事なのでしょうね。

 職人だからどんな仕事も手を抜かず、全力を傾けるというのは幻想。仕事ですからね、儲かりそうな処に注力するのは当然ってもんです。SNSでこんな作品に仕上げられた酷い、などとUPする層は依頼しませんからね……私も含めて。

 やりたい放題とまでは言いませんが、まあ酷い人は酷い。

 むしろ若手や名の売れてない人の方が、その仕事ぶりが精緻で手が抜いてなかったりします。なぜならば、他に仕事がないから。とはいえ、技量が未だ至らずといった場合もあるので、その辺りが難しい。

 痛し痒し。

 しかし日本刀の研ぎで名前も知られぬ研ぎ師に依頼すると……下地研ぎがいい加減で化粧研ぎだけ軽く行って、ぱっと見は綺麗という研ぎをされ、値段だけは最上研磨料金とぼったくる処も……。

 こういった情報は拡散し難いため、せいぜいが仲間内で噂になる程度。

 そうした職人を避けるためには、やっぱり研ぎにしろ刀装具制作にしろ、できるだけ刀剣店を通した方が安全とつくづく思います。


 研ぎ上がった日本刀は綺麗になりますが、それが良いとは限らない場合もある。

 たとえば骨董品などで、磨きすぎてピカピカにすると逆に価値が落ちる場合があります。つまり、その骨董品に相応しい落ち着いたしっとりとした状態こそが美しく、ピカピカに磨かれたものが良いとは限らないわけです。

 そうした事は日本刀にもありまして。

 上手な研ぎ師であれば、そこを理解して研ぎもしっとり落ち着いた風合いに研いでくれますし、鑑定結果に則した(特に上記のように無銘)研を、備前なら備前らしく相州なら相州らしく、また時代に合わせた研ぎをしてくれます。

 ところが、その辺りを気にせず一律に研いでしまう人がいるので恐い。

 

 特に恐いのが刃取り。

 勝手な持論ながら、刃取りは刃より刃文をよく見せるための研ぎだと思ってます。つまり刃文を際立たせるために白くするもので、しかし刃文だけ白くしては見た目が悪いのでついでに刃も白くしているだけなのではないかと。

 で、この刃取りによって刀の印象は全く違ってきます。

 刃取りを刃文と勘違いされる場合もありますが、そう勘違いされても仕方のない刃取りがあるわけです。そう、真っ白々の刃取りというものが……。

 上手な刃取りは白すぎない白さ。白さの中に刃文がやや濃く現れ、真正面から見ても刃文が分かるぐらい。斜めにかざせば、もう明瞭なまでに刃文の状態や刃中の働きも分かり実に見事。

 下手な刃取りは白すぎる白さ。白さの中に刃文が潰されて消え、真正面から見ると刃取りしか分からない。斜めにかざしたところで、目を凝らさねば刃文が見えず刃中の働きなど全く分からない。


 では実際に下手な刃取りだとどうなるか例をあげますと。

 刀剣屋から「良いけど悪い刀を仕入れた」と連絡を貰い、何の事やらと行ってみると、まさにその言葉通り。備前鎌倉中期の、丁子乱れに重華丁子と互の目乱れが入り混じった華麗な刃文だそうですが……刃取りがあまりにも下手なため、もはや湾れ刃にしか見えない恐ろしさ。

 じっと目を凝らせば辛うじて丁子や互の目が見えてきます。ですが、帽子の刃文となると完全に白一色に塗りつぶされ殆ど見えない。

 しかも!

 ただ単に白すぎるだけではなく、刃を取るセンスがない(むしろ面倒くさがって適当)。普通の研ぎ師は丁子の刃文があれば、その形状に沿って形が分かるように刃を取ります。細かな高低で極力追随し、密集している場所は一塊に刃を取りつつ、それでも微妙に高低をいれます。

 ところが、この下手な刃取りでは丁子の山が三つあれば三つまとめどーんと一つの大きな山にしている。しかも山の頂点は刃文を大きく逸脱し、地の中に突っ込んでしまい――まるで手を滑らせたように――刃取りを入れている。

 もはや刃文を見せるのではなく、自分勝手に刃文を創作し描いている感じ。

 肌の研ぎは良いので腕は悪くないのでしょうが、これはない。たとえるなら、主賓より目立ちまくる来賓(しかも悪趣味な格好)といった感じでしょうか。

 その旧所有者は個人で研ぎを依頼し、こうなって嫌気が差して手放したという事だそうで。店としては化粧研ぎ程度なら簡単に直せるので、ほくほくと安く買い取ったという事ですね……うーん、いろいろ酷い。


 あと研ぎ関係で注意したい事。

 刀剣店での売り口上に、「研ぎをすると見違えるように良くなります」、「研げばワンランク上になります」などなど、研げば良くなる口上書きがあります。

 ですが……実体験からしますと、こうした場合は研いでも良くなりませんので、あしからず(そもそも研いで良くなるぐらいなら、店が良くしてますから)。

 今はちょっと見た目が悪いが少し手を入れるだけで良くなり、そして価値が上がるかも……といった欲に負けると研ぎ代含めて高い勉強代になります。

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