七十一振目 映りは日本刀の華で謎2

 映りはよく分かりませんが、実物はどんな感じなのか。

 一文字系、長船系、相州系、来系をみますと、いずれも刃文に沿って何か黒く澄んだ領域が明瞭に現れています。これらは一般的説明で言われるような、白く浮き上がったものとは趣が異なっています。

 ただし、これが映りと呼べる働きなのかは分かりませんが……。

 なお黒く澄んだ領域と表現していますが、黒いわけではありません。たとえるならば「光の中に微かに見える影」のような感じです。しかも同じ領域を真正面から見れば、その箇所に黒い領域の存在は少しも見えず存在しない。


 さて、その中で一文字の一振りだけ映りの雰囲気が異なります。

 丁子刃文に沿って刃文をなぞるように黒く澄んだ領域が現れているのは他と同じながら、外側に白く澄んだ領域が重なるように現れ鎬にかかるほど。刃文から白が伸び黒を貫く場合もあったりと、複雑に変化する黒白の領域が折り重なり何やら幽玄な霧靄に奥行きを感じるような見た目。

 で、こうした違いを詳しい方に尋ねると、『一文字系統の中でも福岡の映りには刃文と映りの間に黒みのあるものが現れ、これを黒映りと言う。黒映りの中で鮮明なものを地斑映りと言う。映りと地斑映りの重なったものが最高』とのこと。

 また地斑映りの解釈が増え、何か分からぬ用語(黒映り)が増えてしまった。


 それはさておき、どうやら黒い領域を映りと考えて良いらしい。けれど一文字の場合はさらに複数の映りが重なり現れている?

 そうなると、映りというものは刃文に沿って現れる働きの総称。時代や流派や各刀によって現象が異なり種類がある。色の違いは下の鉄色に伴う錯視もあって、白や黒に見えたりするのかもしれません。

 結局は……よく分からない。


 映り(と思われる存在)は、いずれも凄く繊細な存在です。光が強い中では掻き消され見えてきませんし、角度によって見えたり見えなかったりもします。

 鋒を光源に向け反射光の周辺が見やすい。光源を鋒の斜め上に置き、映り込んだ反射光を刃先の外に出した状態が見やすい。など、各刀によって癖がある。

 ですから博物館などで展示された状態ですと、映り(くどいですが、映りと思う存在)は殆ど全く見えません。あのスクワットをしても無理。何故ならば、強めの光を上部から当てられて掻き消されているから。


 映りについて思いを巡らせてみますと。

 沸や匂といったマルテンサイト系とは質が違う。刃がマルテンサイト、地がオーステナイトと考えれば、オーステナイトの中でも冷却具合の差によってセメンタイト析出量に違いが生じた部位ではないのかと……冶金を知ったかぶりで適当な事を考えてみたり。

 でも、事はそう単純ではない。

 冷却具合で現れるならば土置きで調整できる。それなら江戸期の多数の刀鍛冶が再現できなかった理由が成り立たない。幕末の名工清麿が再現したという噂もあるものの、清麿で観てきた中には確認出来ず、また周囲でも確認した人も居ない。

 現代刀で再現されたとも聞きますが――実物を拝見していないので何とも言えませんが――再現したというわりに噂ばかりで大きな話題にはなってない。

 その他で考えると。

 以前に何かで読んだ中には(うろ覚えながら)「峰側に映りの生じた刀が存在した」とあり、そこの推測では「鉄の配置を間違えた事で映りが峰側に生じたのではないか」とあったような。

 では鉄が原因かと言えば……後鳥羽上皇の鍛えた刀を考えれば、備前系御番鍛冶と共に鍛えた刀には現れ、粟田口系御番鍛冶と鍛えた刀にはあまり現れない。

 そうなると鍛刀方法が違うのか。

 何も分からないのですが、分かっていることは次の通り。

 鉄質は「古刀期と新刀期で質が違い、古刀期でも時代が下るにつれて質が変化」

 映りは「古刀期に現れ新刀期に現れず、古刀期でも時代が下がるにつれが変化」

 などと映りについてウダウダと考えてしまう。

 何にせよ研ぎで映りっぽいものを描き出せる、という事があるので注意。

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