六十九振目 刃と地と刃文

日本刀は横断方向に「刃先→刃中→刃文→平地→鎬地→棟」となります。

 刃先はさき:一番端の本当の意味での刃です

 刃中はちゅう:刃先から刃文までの間で、名刀はここに現れる働きが良いです

 刃文はもん:刃と地の境に存在する線状の模様です

 平地ひらじ:刃文から鎬までになり、鍛え肌が一番現れる場所です

 鎬地しのぎじ:鎬から棟までになり、樋が入る場所でもあります。


 刃はマルテンサイト状態で形成されています。

 鉄を熱していくとオーステナイト状態となり、これを急冷す事で鉄結晶中に炭素が入り込み鉄の中で最も硬いマルテンサイトになります。これが焼き入れですが、可逆反応のため再加熱によって炭素が解放され、これが焼きが戻るという事です。

 もちろん地の側も同様に焼きが入ります。

 で、刃と地は土置きや造り込みで配置された鉄が異なるため、焼入れ具合の差で組織状態が違ってきます。すると境目では線状に両組織が入り混じってきますが、その部分は光の反射が違うため刃文として見えてきます。

 現代は研ぎによって刃の部分を殊更白く際立たせていますが、古研ぎを見ますと刃文は白灰の線として生じるものの、刃と地に大きな色差はない感じです。


 刃文には匂と沸があります。

 鉄から鋼になって現れたマルテンサイト粒子が細かく、その粒が確認できないものを匂、粒となって確認出来るものが沸です。

 つまり匂状態で微細な粒子が形成された後に、さらに加熱され粒が大きな沸が生じるわけです。そのため沸は匂の中にあり、匂は全ての刃文に生じています。

 良い沸は匂に包まれていると言われますがそうでないもの……沸粒だけのものを裸沸、偏ったり不均一なものを叢沸むらにえと呼び、これらはもちろん良くない表現です。

 そんな関係ですので、匂と沸の区別ができない状態も当然ながらあります。そうした刃文は、小沸こにえ出来と呼ばれます。ただし、どこからが沸出来で小沸出来で匂出来なのか明確な基準は無く、感覚で判断されます(ですから、微妙なラインの刀は人によって判断が異なります)。


 刃文そのものを現す時は匂口においくちといった言葉で表現します。

 匂口ふかい:刃文が幅広で明瞭な状態

 匂口締まる:刃文が狭く明瞭な状態

 匂口冴える:刃文が鮮やかで明瞭な状態

 匂口弛む:刃文がしっかり現れていない

 匂口潤む:刃文の幅が広がりすぎぼやけているもので、弛むの軽度なもの

 匂口沈む:刃文が不明瞭ながら、そこまで悪くないもの

 表現としては「冴える→沈む→潤む→弛む」となるわけですが、曖昧と言えば曖昧。どこまでが冴えて、どこからが冴えてないのか基準はない。潤むのか弛むのかも何とも判断に困ってしまう刀も存在します……。


 地については、たいていは「地鉄」もしくは「地肌」と呼びます。どちらかと言えば地鉄と呼ぶ場合が多いのですが、この地鉄も「じてつ」「じがね」と人によって呼び方も違います。

 この地の部分に折返し鍛錬の接合部が現れ(もちろん刃の部分にも出ますが)、板目肌・杢目肌・柾目肌・梨子地肌・小糠肌などの模様になります。

 この模様の現れ具合で状態を表現しますが、この時は「肌」が使われます。

 肌立つ:鍛え肌がよく現れ、模様が明瞭

 肌詰む:鍛え肌が殆ど出ず、模様がきめ細かい状態

 どちらも良い表現です。

 正宗や則重などは肌が立ち、粟田口や新藤五などは肌が詰むといった感じ。

 時代が下るほど製鉄や鍛錬技術が向上するためか、肌が詰んでいく印象です。ただし、古刀と新刀では詰む状態が違います。古刀の場合は細かな模様が現れ奥深いのですが、新刀期以降は模様がうっすらノペーとした感じです。


 地に現れるもので表現されるものが地沸です。

 地沸は刃文の沸とは異なった細かな沸で、点よりは短い線状のものがまぶされたように見え、時代流派によっても雰囲気が異なります。表現として「地沸微塵に付き」などと言われますが、そこまで微細にびっしりという感じでもない……。

 何にせよ、地沸は刀身全体(当然刃にも)ついています。


 刃と地に現れるものと言えば、金筋・地景があります。これは鍛え肌に沿って現れた線状の沸や、もしくはそれ以外で現れた線状の沸です。

 基本的に現れた場所が違うだけで同質のものになります。これが地の中にある時は地景、刃の中にある時は金筋と呼ばれるわけです。もちろん、沸が線状のため地から刃に行き、また地に戻ってウネウネとしている場合もあります。

 なお、金筋は手書きの絵では黒く示され、写真でも光の関係で黒く写されています。このため……金線を黒い線だと勘違いしている人もいますが……もちろん黒ではなく、名前に「金」とあっても金色でもありません。

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