五十九振目 古雅で趣きある古備前

 古備前こびぜんとは平安から鎌倉最初期にかけ備前に存在した刀鍛冶集団で、特に鎌倉初期は末古備前と呼ばれます。

 なお、鎌倉中期から栄える長船派は古備前の後身でありますし、一文字派も古備前から派生して誕生したものです。よって古備前こそが備前伝の大元。


 元は京で作刀を学んだのか作風には京物の気配が漂います。けれど、全体として少しだけ頑丈さや無骨さが漂っており、古京物とは少し姿が異なります。

 無骨と言っても鎌倉時代の豪壮さとは全く違いまして、もっと上品な姿で刀身の半ばまで反りがあって先に向けスッと細まりながら伸びるような姿です。

 地肌の状態は時代が古いだけあって、まだ鍛えの技術が進んでおらず緻密でなければ冴えてもいません。もちろん、刃文も稚拙さを伴うようなもので派手さは殆どありません。

 しかし、だからこそ全てがのびのびとして素朴な穏やか。地肌はまろやかで柔和な優しいもので、刃文は作為や技巧を感じず自然さを感じるものです。

 以上のように、古備前の刀には『古雅こが』(古く雅な雰囲気といった意味です)な雰囲気が漂っているわけで、慣れると鞘を払って目にした瞬間に「古備前」と分かったりもします。


 古備前から長船になった関係で分かりやすく、またその接点となるのが『光忠』という刀匠でしょうか。

 この光忠は長船派の初祖とされる名工で、その子や孫などに長光・景光・兼光といった長船鍛冶を代表するような人物が続きます。なお、織田信長は光忠コレクターであった事は有名な話です。

 この光忠ですが、重要美術品に古備前光忠と長船光忠の両者が存在しており、その銘は同一のもので、もちろん同一人物とされています。古備前から長船へと作風が変遷しているため、初期の作を古備前、後期や晩年の作を長船として分けている状態です。(残念ながら、まだ長船としての光忠しか観てないのですが……)。


 古備前は古い時代のため多くが磨上られ無銘となっており、鑑定では古備前極めとなる場合もよくあります。ですが、個銘極めもチラホラと。

 もちろん個銘極めの無銘品の出来は凄く良いです。とくに個銘極めで古折紙まであったら凄く良い品となるでしょう。

 多くは磨上られ無銘となっているのですが……古備前系の銘は目釘穴の左上にあります。磨上は目釘穴で一度切る事が常道であるため、茎の一番下あたりに二文字だけ微かに残った在銘品もそこそこあります。

 その姿や刃文などは上記にあげたように古雅が漂うもので、後の刀匠たちには再現できないものです。よって、偽物は一発で判別できてしまう……という事で、怪しい物が売り買いされる場所には、あんまり出てこない。もちろん偽物は存在しますが、これは騙される方が悪いといったレベルの偽物ばかり。


 そんな中で「無銘 古備前信房」古折紙付きを観た感じ。

 初めて見る場合の第一印象は細くか細いといったもの。特に鎌倉期の一文字や長船などを見慣れていると、かなり細い印象です。元先の幅差はあるものの、全体としては細く小鋒。大磨上無銘のため強い反りは失われていますが、それでも手元に反りが残っており、先の方ではあまり反らない。

 刃文は沸出来の小乱れに小丁子。のたれでもなく、乱れでもない自然な動きをしたゆったりした働きです。その刃縁を観ますと、匂の中に沸がポツポツとまばらに存在している。つまり最良の刃文とされる、沸が匂に包まれた状態。そして足や葉が入り飛び焼きも存在。小鋒となった先は乱れ込みつつ、掃き掛け小丸になる。

 一番の見所は、やはり地肌。

 その肌合いは柔味を感じさせ、地沸が全体に散るようにして存在。その雰囲気は淡雪をまぶしたようなもので、いかにも優しい。なお地沸の粒ですが、後代の長船系と比べると、ひとつずつが細かくもっと繊細な感じです。

 鍛えは詰んだ小板目ですが、少し大板目にもなった箇所も顕在。しかし鍛え目は明瞭ではなく、まず見た瞬間は目につかず、じっくり見ていくと徐々に見えてくるといった奥深さがあります。


 古備前の無銘であれば個銘極め重要500万、古備前流派極め重要400万。末古備前の在銘特重で1000万台前半といった値段でしょうか。

 しかしながら、古備前は市場にあまり出てこず年に数本程度。

 昔から珍重されており古雅でまろやかな雰囲気であるため、魅了されたコレクターはなかなか手放さない。もちろん出ても直ぐに売れてしまう。

 そんな刀です。

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