四十九振目 棟と誉れ傷

 刃と反対側の事を棟(むね)と呼びますが、峰(みね)と呼ぶことも。どちらが一般的か知りませんが、刀剣関係(重要刀剣の図譜など)では棟として表示されます。

 この棟の形状は庵だの丸だの角だの種類があり、高さや幅などで流派時代の特徴が出るものですが……その辺りはググれば出てきますので割愛。


 棟と峰の呼びわけはともかくとして、「峰打ち」といった言葉が一般的に浸透しているかと思います。暴れる八代将軍の影響でしょうか?

 余談ながら、峰打ちモードに移行する時に「チャキッ」と効果音が入りますが、実際に音がすればOUTです。刀身はハバキの上に載り、さらに切羽や鐔などを挟み柄を目釘で固定し密着させている。ハバキが鳴るという事は刀身が固定されておらず、柄や目釘に無理な応力が働くという事です。つまり破損の原因。


 峰打ちは悪人を斬る事なく叩き伏せ、不殺を貫く心優しき生き様……ではありません。実際には峰打ちの方が斬るより酷い。

 本気の峰打ちは充分に殺傷能力がありますし、何より助かったとして死ぬより酷い目にあう事は間違いない。なにせ刃はないといえど、鉄で出来た棒によって殴る事と同じですので。

 一撃で骨が折れる事は間違いなく、ポキッと折れるか不明ですが粉砕骨折となれば簡単には直らない。鎖骨であれば肩が破壊され、胴であれば腰骨やら背骨などが破壊される。もちろん肉だって弾ける事は充分にありえます。

 現代の治療技術をもってしても、それらを治す事は容易でないわけで……それが古い時代であればどうでしょうか。激しい痛みで生殺し状態で悶え苦しみ、食事も満足に取れず飢えては衰弱し、最後は何かの感染症になって死んでいく可能性が高く思えます。

 そうなるとスパッと殺されるのと、どちらがマシか。


 しかし、あくまでも想像でしかないので……実際に峰打ちに挑戦。もちろん打つ対象は自分。

 1.真っ直ぐ立てた状態から90度倒し自重のみで腕を打つ。

 2.同条件から手に持ってバンッと叩いてみる。

 この2パターンで実施。

 一尺二寸三分の長巻き直しの脇差(重ねが元から物打ちまで0.8cm。幅も元先で同じ3.3cm)を使用した場合、1.ではズシンッと響く衝撃があり軽く痛い感覚、2.ではドスンッときて痛い感覚。なお、2.の結果は青アザができました。

 一尺五寸九分の脇差し(重ね0.55cm、元幅2.8cm、先幅2.0cm)を使用した場合、1.ではゴンッと軽い響きで痛くなる一歩手前の感覚、2.ではバンッときて痛い感覚。こちらの方が軽い分だけ初速が上がり、尚且つ打点が小さいため2.時点での痛みが増大したと思えます。

 二尺三寸の刀(重ね0.75cm、元幅2.9cm、先幅2.2cm)を使用した場合は(腕は無理のため座った状態で伸ばした足を狙いました)……1.だけで止めました。これだけでも、しばらく動きが止まるほど痛く、しかも軽く皮膚が破れ出血(転んでぶつけた怪我レベル)。2.は無理です。

 もし戦闘であれば全力で振り回し殴るので……やっぱり峰打ちは安心でも何でもないですね。


 棟には斬り込み跡が残されている事があります。

 これは、相手の斬撃を受けた(もしくは、相手の斬撃を払いのけた)という事です。こうした傷は持ち主を守ったものとして『誉れ傷』と呼ばれ尊ばれ欠点にはされません。矢を受けた際の傷も同様です。

 他の傷と見間違える事がない特徴的な傷です。刀を受けたのであればV字型、もしくは斜めに入り直角に削れています。矢の場合であれば種類にもよるでしょうが、◇っぽい傷となっています。


 ちなみに……相手の斬撃を受ける技。

 左手の握りはそのままに刃を返し棟を相手に向け、鋒を斜めに前に出します。この時に両脇をしっかりと締め身体に密着させます。心持ち腰を落とし、当たる瞬間、こちらからぶつけるぐらいで受け、余裕があれば刃に対し棟の角で受ける。なお、脇の締めが甘いと止めきれず、刀身が弾かれそのまま頭にくらうので要注意。

 又は、相手が上段で構え迫る場合。

 こちらは左足前に半身で立ち右脇構えに鋒を後方に向ける。この時に柄頭を相手の顔に向け、刀身の全長が見えぬよう注意。相手の斬撃に対し振り上げ迎撃し打ち払い、勢いのまま刀身を頭上で回転させ、半身から踏み込み斬り込む(カウンター技ですね)。

 又はついでに、回避技として相手が上段で構え迫る場合。

 右足前に半身立ち左脇構え鋒を後方に向ける。柄頭への配慮は同様で、相手の斬撃に対し足の組み替え(左足前、右足後)で体の開きを入れ替え斬撃を回避すると同時に、身体の動きに合わせ刀を振り斬り込む(受けとは関係ないですね)。

 さらにちなみに……矢と槍に備える構え。

 矢の場合、相手に対し半身となり、刀身を正中線にそって真っ直ぐ立て平地を向ける。運が良ければ防げる。これは、あくまでも緊急用の構えという事です。

 槍の場合、槍の攻撃は足を狙ってくる(との事ですが、実際はどうか知りません)ため、鋒を下に向け腰を落とし左手で刀身の半ばで棟を持ち、槍先を左右に払いのけた瞬間、間合いを詰め斬り上げ、又は突き込む。


 話は逸れましたが、たとえば棟に四つも斬り込み傷のある刀。

 これなどは、どれだけ激しい戦いであったのか。持ち主は危機を脱する事が出来たのか、それとも武運拙く戦場の露と散ったのか。なんとも不思議な気分にさせられます。

 棟にこれだけ傷があるという事は、持ち主は命のやり取りの最中でも比較的冷静な気持ちで、刃ではなく棟で受ける事が出来たという事でしょうか。


 ついでに斬撃を受けるのは棟だけでなく、刀身の側面部や刃といった部分もあります。さらには鐔部分で一直線に入ったものもあります。さすがに鐔で受けた場合は持ち主は無事ではなかったと思えますが……。

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