四十八振目 綺麗な金象嵌銘には棘がある

 金象嵌銘について。

 時代を経た象嵌銘、保管状態の悪い象嵌銘などは、その下に錆びが生じるため象嵌が盛り上がってきます。これは象嵌部が下から押し出され浮き上がった状態という事で、象嵌の文字がぽっこり丸味を帯び盛り上がるわけではありません。

 当たり前と言えば当たり前ですが、たとえば画像のみで売っている怪しい金象嵌銘などは、どうにもこの状態が多いわけです。


 かつて見かけた怪しい金象嵌銘ですが高肉象嵌風。

 これの売り口上は「本阿弥光徳極め金象嵌銘○○本阿花押」と、著名な刀工の最上作として重要どころか特重になってもおかしくない、として売られていました。

 ですが刀身の出来云々の前に、象嵌銘の書風も下手なら本阿の花押も違う。

 しかも象嵌が蒔絵シール(携帯などに貼るアレ)かと思うぐらい、ぽっこりしている。見るからに酷い偽物なのに、何百万もで入札しておられる方が……うーん。

 ですが、あれから何年経とうとも重要刀剣の合格に「本阿弥光徳極め金象嵌銘○○」は出てこないですね……。

 金象嵌銘だから凄いと飛びつかず、じっくりしっかり見て考えたいものです。


 さて、象嵌は茎に施入されるため、当然「平象嵌」。

 表面は見事に真っ平らで茎と一体化せねばなりません。銘を切るように鏨を入れ、そこに金を嵌め叩き込む。その後に錆には触れず金象嵌にのみ鑢をかけると聞いています。

 そうなると難しいのが、茎の錆という存在。

 つまり茎の錆を削らぬよう金のみを削らねばなりません。裁断銘などは制作直後に試斬を行い、象嵌される場合が多いので錆の問題はないでしょう。ですが、金象嵌極め銘は古刀に施されるので茎は錆に覆われている。

 かなり難しい作業となるかと。


 本阿弥光忠施入の銘&花押があるもので確認。もちろん重要刀剣なので偽物という事はないでしょう。

 まず金象嵌部ですが、目視ではほぼ平坦ながら指先で触れると茎より微妙に凹んだぐらい。逆に押し出されかけた部分では0.1ミリぐらい出ています。

 細線箇所が少し剥落している箇所を見るとV字型の溝。普通の工芸品での金象嵌は、カエシと言って彫り筋両脇に飛びだした鉄部分を折り込むそうですが、これにはそれが存在しない。なお茎の端に金象嵌がかかっている部分も見ますと同様。

 肝心の鑢部ですが、周囲の鑢目と角度が全く同じ。場所によっては連続しているようにも見えますが……やはり別個にかけたように見えます。何にせよ金象嵌と茎仕立ての鑢目は角度が同じであるため、周囲との違和感を感じにくくなっているようです。

 金象嵌銘のある周辺。たとえば文字と文字の間については、ポツポツと肌荒れがある。さらに角度を寝かせた状態で見ると、銘周辺がモヤッとしているため施入時になんらかの影響を受けた事は間違いない。(そうした目で他の金象嵌銘を見せて貰うと、確かに同じくモヤッとした肌になっている)


 確認はこのような感じでした。なお、茎の鑢目が不明な場合の金象嵌は直角方向で鑢がかけられた場合が(私見ながら)多いかと。

 ついでに現代で施入された金象嵌銘も確認させて貰いましたが、鑢目は合わせてあるもののそこに一体感はない。全くない。しかも金自体がギラギラ明るい。金象嵌の鑢跡(そもそも茎の鑢目からして)整然となっていないため、異質感ありあり。さらに象嵌文字に隙間が存在するため、妙に浮き出て見える感じです。


 ついでに刀剣関係の金象嵌銘として。

 日本に現存する最古の象嵌品は七支刀と言われますが、下記の1.があります。七支刀が最古とされるのは、何か理由があるのでしょうか? 七支刀が百済製造だから最古なのでしょうか……? 

 とりあえず古代は刀身に金銀銅などで糸象嵌が施されていたようです。

 以下は古い方から順。

 □は判読不能とされる箇所。

 ところどころ環境依存文字があるので、似た字で代用。

■伝来品

1.漢中平紀年大刀(かんちゅうへいきねんたち)、中国後漢(184年頃製造)の伝来品。

 「中平□年5月丙午造作支刀百錬清剛上應星宿下辟不祥」と棟に金象嵌銘24文字。

2.七支刀(ひちしとう)、百済伝来で369年製造で日本書紀では372年伝来とある。

 「泰和四年五月十六日丙午正陽造百錬銕七支刀世辟百兵宜供供侯王□□□□作」、「先世以来未有此刀百済王世子奇生聖音故為倭王旨造伝后世」と刀身の両面に金象嵌銘61文字。

■国産品

3.王賜銘鉄剣(おうしめいてっけん)、これは五世紀。

 「王賜□□敬□」「此廷□□□□」と刀身の両面に銀象嵌銘12文字。

4.辛亥銘鉄剣(しんがいめいてっけん)、辛亥年(471年)のもの。

 「辛亥年七月中記乎獲居臣上祖名意富比垝其児多加利足尼其児名弖巳加利獲居其児名多加披次獲居其児名多沙鬼獲居其児名半弖比」「其児名多加差披余其児名乎獲居臣世々為杖刀人首奉事来至今獲加多支鹵大王寺有斯鬼宮時吾左治天下令作此百錬利刀吾奉事根原也」と刀身の両面に金象嵌銘115文字。

 なお、使用された鉄は中国揚子江流域の磁鉄鉱を沙鋼法で精錬したものと判明。

5.銀象嵌大刀(ぎんぞうがんたち)、五世紀

 「治天下復加多支□大王世奉事典曹人名无利弖八月中用大鋳釜併四尺廷刀八十錬六十捃三寸上好□刀服此刀者長寿子孫注々得恩也不失其所統作刀者伊太加書者張安也」で銀象嵌74文字。

6.額田部臣銘太刀(ぬかたべのおみめいたち)、六世紀

 「額田部臣令□□素□大利刀□□□□□□」で銀象嵌18文字。


 などなど面倒なので以上ですが、古代刀剣の象嵌は(文字の雰囲気からすると)製造箇所や時代、由来、伝来、所持者、願いなどが記されているように読めます。

 そして日本刀の茎に施される象嵌も制作者、所持、号、裁断です。時代は違えど、やはり同じような事をしているという事でしょうか。

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