十九振目 磨上げという意味は

 日本刀は短くする事を磨上すりあげ、大磨上おおすりあげと言います。

 これを行う場合は必ずなかご側から行われます。

 なぜならば、刀はきっさきが命です。鋒は実用の面以外でも、鑑賞や鑑定の要点であると共に、『鋒のない刀は首がない』と縁起の面からも忌まれるからです。

 そのため持ち手側の茎から短くするというわけです。なぜると表現するかは……忘れました。

 磨上げと大磨上げの違いは、「銘が残る場合は磨上げ」「銘が残らない場合は大磨上げ」と分けられています。ただし、多少曖昧に使われる時もあります。


 なぜ所有者や時代変化により短くするかと言いますと。

 鎌倉期は二尺五寸から八寸、南北朝期は三尺を越える太刀が一般的でした。これは馬上からの使用を想定していたものです。当時の武士は鎧に身を包み、遠距離では弓で射て近距離では太刀を振り回し敵を蹴散らしました。いわば、戦車みたいなものです。

 しかし室町期頃になると戦闘様式が一変し徒歩の集団戦が主となりました。

 雑兵が固まって使用するには長い太刀は不要という事で、刃を上にして抜刀しやすい刀が誕生したわけです。一方で武士も指揮官としての側面が強くなっていき、指揮を執る時に長寸では邪魔となります。このため、先祖伝来の太刀を短くしたというわけです。


 さて、こうして磨上げられた刀には、比較的良い刀が多いです。

 なぜならば戦場で使う為に行われたものです。当時は、首が捕られる事を想定し髪に香を焚きしめ、匂い袋を首から下げ腐臭が見苦しくないようにし、真新しい褌で身だしなみを整え戦場に臨んでいた時代。

 死ねば当然ながら刀も戦利品として他者の手に渡る、または後で見られてしまう。そんな時に凡刀を携えてなどしません。なので名刀を惜しみなく磨上げ身につけていたという事です。

 磨上げ無銘とは、銘より実をとり選び抜かれた刀とも言えます。

 現代の刀剣価値としては値段がかなり低くなるため、きちんと見さえすれば良い刀が安く手に入ったりもします。


 ただし、無銘は無銘であるが故に紛いも多いです。

 磨上げによって銘を消し、作風の似た上位刀工の作としてしまう事が多々あります。同じ流派の刀鍛冶で、下位刀工の会心作が上位刀工の並作として扱われてしまうわけです。

 たとえば、昔であれば無銘行光が無銘正宗とされている場合が多い。もちろん、行光も名工ですが、価値としては正宗の方が上ですので。

 現代では正宗だったものが行光など正しく評価されているのですが……逆に無銘相州伝上作を鑑定する際には、行光とされる事が多くなっているという現実が……。

 なんにせよ、無銘は無銘なので無銘自体に偽物はありません。これに伝○○や無銘○○と名をつけてしまうため偽物が発生してしまう。

 全ては人の欲が偽物をつくりだしているという事です。


 なお、江戸期以降に造られた刀は基本二尺三寸で作刀されており、また長寸であろうと磨上げされません。ですから、江戸期以降の刀に無銘刀は基本的に存在しない事になっています。そのため江戸期以降の無銘は鑑定や評価の対象外とされています。(ただし源清麿だけは別)

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