その再会は奇跡か? あるいは宿業か?

「お前!」


 今度は強気に、声を上げて呼びかける。

 やはり巨大な背中の、この前の浮浪者だった。


「ここで焚き火は禁止だと言っただろ!」


 ムシャムシャ ムシャリ。


 相変わらずこの川で泳いでいる、泥まみれの魚を焚き火で焼いて食べている。

 気味が悪く、また気持ちも悪くて吐き気がきそうだ。


「聞いているのか!」


 ドンッ!


 その巨大な浮浪者は、その拳で地面を叩いた。

 地響きでも起きたかのような、とんでもない力だ。


「……これを食べ終わったら、火を消して私は去る」


 浮浪者の言葉は簡潔だった。

 だが、ここで引くわけにも行かない。


「明日もここで焚き火をするのならば、警察官として放って置くわけには行かないぞ。火事になったらどうする?」


「飛び火しないように、気をつけている」


 確かに、焚き火の周囲は綺麗に雑草が抜かれている。


「それでもダメだ! ここでは禁止されている。やめないさい!」

「…………」

「聞こえているのか!」


 弱気になるわけにはいかない。たとえホームレスの浮浪者でも、ガツンと言わなければならないこともある。


 パチパチ パチパチパチ


 焚き火に使っている木材の屑がはぜる音だけがやけに響く。


 浮浪者はそれでも、汚い魚を食べ続けている。


 ムシャリ ムシャリ……


 聞こえていない? いや、聞こえているはずだ。


「言う事を聞くんだ! 今すぐ火を消しなさい!」

「あの……」

「優子君?」


 気がつけば、自分の後ろに優子君がいた。


「もしかして……アナタは、ジャングルさんではありませんか?」


 俺は目を見開いて驚いた。


「まさか……」


 浮浪者が、魚を食べる手を止めた。


 猫背のように体を丸めている巨躯。そういえば……この大きさと、隠すことの出来ない奇妙な存在感。


「やっぱり、ジャングルさんですよね? 無事だったんですね」


 あのナイトクルーズの決戦で、エルガイアを圧倒し、その命を摘み取る瞬間までに至った復讐鬼のミュータント。ジャングル。


 だが、そのミュータントは最後の最後で、復讐を諦め、沈没する船と一緒に心中したはずだ。どうやって生き残った? いや、もし命拾いしていてもおかしくはない。理由は、尋常を超える肉体を持った、ミュータントなのだから。


「良かった。生きていてくれたんですね」

 優子君が俺の前に出て、浮浪者……ジャングルの背中によっていく。

「来るな」


 ジャングルはキッパリと、優子君の歩みを止めさせた。


「ですけど――」

「この私の今の姿が、はたして生きていると言えるのか?」

「ジャングルさん……」

「このようなゴミの魚で生きながらえている私が、本当に生きていると言えるのか?」


「でも実際に――」


「私は死ぬべきだった、死にたかった。もう楽になりたかった……だが私の肉体は、あのような状況でも耐え抜いてしまった、自害する事さえ、許されなかった……」


「そんなこと、言わないでください。アナタは最後の最後で復讐することをやめて、私達を助けてくれたじゃありませんか」


「復讐を、恨みを捨てたからこそ、私は死ぬべきだった。そこで何もかもが終わるべきだったのだ。なのに私は、私は……」


 パチパチ パチパチ……


 まるで、この小さな焚き火が、彼の残った小さな命のようでもあった。


「もう私には、何もない。いわば生きる屍。私は最後の復讐心さえも失い、また全てを無くした」


「だったら、だったら私が新しくあなたに命を込めます。ジャングルさん、あの時あなたの復讐心を消したのは私……だったら責任を取ります。あなたに、新しい役目を、一時でも預けます」


「私に、何をしろと?」


 ごくり。


 俺は生唾を飲んだ。優子君、本当にこの亡者のように成り下がったミュータントに、全てを何度も失った人間に対して、それを告げるのか? それはあまりにも酷ではないか?


「闇の、闇のエルガイアが現れました。そして今、この街で身を潜め、暴走しています――」


「あの小僧!」


 ズドンッ!


 とんでもない力でジャングルは地面を殴った。申し越しで倒れて腰を抜かしてしまいそうだった。


 ジャングルの気配が変わっていく。


 緊張の糸が、千切れるぎりぎりまで張っていく。

 息苦しいまでの憤怒の気配。


「あの小僧は! 何をやっているのだ!」


 元復讐鬼ジャングル。彼の立場にしてみれば、その怒りは最もだった。


 そして優子君。君は――

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