夜光

「心が折れて絶望し、闇の衣をまとった結崎拓真ことエルガイア。その特殊な力はミュータントさえも恐怖する封印の力であった。長期間の変身に耐えられないであろう小さな少年拓真を助けるため、舘山寺警部補を筆頭に、ミュータント探索に帆走する愛隣、そして腹案があると秘密裏に動く木場。彼らは赤い牙との戦乱の中で、はたして無事に結崎拓真を探し出し、救うことが出来るのだろうか? 次回、炎陽神エルガイア――」


「ええと、優子君?」

「はい?」

「独り言、なのかなそれは?」

「次回予告風にまとめてみようかと。えへへ」

「…………」


 俺は正直、この少女が苦手だ。

 夜中の道路を車で走り、彼女を自宅まで送るつもりだった。


「優子君、えんようしん? って何かな?」


「まんまの意味ですよ。エルガイアは炎と太陽の力を持つので、二つあわせて炎陽神。ようえんしんって漢字にしちゃうと陽炎(かげろう)って読めちゃいますから」


「……そっか」


 問うたのは自分だが、どう返答すればいいのだろうか?


 さっきは月島課長に対してあんな男勝りな立ち振る舞いをして、今度はこんな感じだ。


 彼女の思考というか、このテンションの急激な上がり下がりに、俺は全くついていけない。拓真君はよく付き合えるものだと、今更感心してしまう。


「しかし、どうやって先輩を探し出しましょうか?」

「…………」


 正直なところ。無策だった。どうすれば見つけ出せるのか? 全く手がかりがない。


「愛隣さんは、おそらくミュータントの居所に、きっと闇のエルガイアが現れるのだと思って、自分から小回りのきくバイクでのミュータント探索に出たのですよね?」


「え?」

「はい?」


「……いや、なんでもない」


 そういう意味で愛隣はミュータントを探す事にしたのか……。

 失念していた。


「闇のエルガイアはきっとミュータントを封印するために動くはずです。ミュータントあるところにエルガイアあり。木場さんはきっと、赤い牙、ミュータント達の襲撃に備える、何かしらの秘密兵器があるのでしょうね?」


「は?」

「……え?」


 思わず出た自分の間抜けな声。車内がしんと静まる。

 こほんと咳払いをして、微妙な空気を払拭する。


「木場に秘密兵器なんてものがあるのか?」


「きっとあるのでしょう。だって船のときでも、自分なりの発想で、銃より弓矢の方がミュータントには有効だと判断して、実際に一人でミュータントを撃破したんですよ。事実上ミュータント対策で頭一つぶん抜けているのは木場さんです。相手は出来損ないのミュータントでしたけど。確かに一人でミュータントを倒した人間は木場さんだけです」


 そういえばそうだった。あのナイトクルーズでの決戦で、木場は手持ちの武器でミュータントを一体倒している実績がある。……正直、頭から離れていた。


「そして何の考えもなくこれからどーしよー? ってなっているのは、舘山寺さんだけですね!」

「…………」


 ぐうの音も出ない。


「でも、闇のエルガイアは、どうやってこの街に潜んでいる赤い牙の、ミュータントを探すのでしょう? ミュータント固有の鋭敏な五感……嗅覚とかかな? それとも、エルガイアの目は人間に擬態しているミュータントの姿も見つけられるようですから、ひたすら走り回るのでしょうか? ああ、あとそれからミュータント同士は思念……テレパシー能力があるんでしたよね。その放つ思念を第六感的なもので探すのでしょうか? それともあらゆるその全部を使って探すのでしょうか? 少なくとも、闇のエルガイアはミュータントを狙って動くのは確かですし」


「優子君、闇のエルガイアは、人間には危害を加えないと確信しているのかい?」


「能力の封印というのが、そもそも人間に対して意味がありませんもん。あんなのを食らったら、普通の人間では即死ショック死失血死します。つまりミュータントにしか有効活用でない。そして消え去った時も、私たちの事なんて眼中にありませんでした。暴走したからといって、狂ったように暴れまわる様子ではなかった。何かを探している様子でもありました。その行動からすると、闇のエルガイアはミュータントだけに動くんだと思います」


 ……なんだ? この違和感は?


「優子君」

「はい?」

「さっきから色々分析しているようだけど、よく頭が回るね」

「そうですかね?」

「たったあれだけの状況証拠で、ここまで……いや、もっと先を考えてないかい?」

「これくらい普通だと思いますよ?」

「そうかな?」

「ええ、そうです」

「…………」


 男勝りだったり、ふざけたり、こんなに頭が回ったり、この少女は本当に正体不明な存在だ。今改めて思い知った。


「でも、残念です。とても悔しいです」


「なにか、重大な事でも見落としていたのかな?」


「初めての男女の夜のカートーク相手が舘山寺さんで、しかもこんな話題なんて、がっかり中のがっかりです」


「…………」


 俺は本当に、この先もきっと、優子君という存在を理解できないだろう。


 横目で彼女をチラリと見ると、ほほを膨らまして不満の顔をしていた。


「あーあ。数年立てば先輩が車の免許を取って、夜のドライブの初めてになって欲しかったなー」


「あ、うん。俺が相手で本当にごめんね」


「あれだけ上司に啖呵を切っておいて、実は何も考えていませんでしたーって、木場さんや愛隣さんに合わせる顔がありませんよ?」


「……君は僕をいったいどうしたいのかな?」


「初めての夜のドライブの相手が舘山寺さんだったので、ちょっといじめてみただけですーぅ」


「うんわかった。もう何もしゃべらないから……」


 と、俺は一つ思い出した事があり、車を停車させた。

「……やっぱり」


 ここは橋の上だ。下には川が流れ、芝生で広がった土手がある。


「どうかしたんですか」

「いや、ちょっと気になってね。……やっぱりまたいた」

「何がです?」


「浮浪者が、最近この土手で焚き火をしているんだ……ほら、あそこに」


 俺がその方向を見て、優子君も同じ方を向く。

 川のそばのそこには、小さな明かりが灯っていた。


「またちょっと注意してくるから、君はここにいて。すぐ戻ってくるから」


「……うん、ふむう? それってここ最近ですか?」


 彼女の問いかけに答えずに、俺はさっと車から出て、夜闇に灯る小さなかがり火に向かって行った。

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