鬼の慟哭

「あの忌々しい、闇のエルガイア……この世界にまた現れたと言うのか! 絶望したと言うのか! じゃあ、私の今までの意味は、存在意義は何だったというのだ!」


「その怒りは、最もだと思います。ですが、今回は、私達が悪いんです。先輩は、結崎拓真は力不足でも、懸命に戦い、傷ついて――」


「そんな言い訳などどうでもいい! 私達を助けたい? あんな大口を叩いておいて、このざまかッ!」


「…………本当に、申し訳ありません」


「何人だ? 何人の同胞がまた眠らされた? 何人が封印された?」


「まだ、一人です。エルガイアが闇の染まったのは、さっき、数時間ほど前のことです」


「なら、これからまた私達は虐げられると言うのか」


「そうではありません!」


「問答無用! 闇のエルガイアが付近にいるのであれば、私はこの場を早急に去る! 二度と封印されてなるものか!」


「待ってください! 話を聞いてください!」


「長ったらしい経緯など聞く時間も無い! 私はここを離れる」


「お願いがあるんです!」


 ジャングルが立ち上がる。見上げるほどに巨大な体。拓真君のエルガイアを殺す瞬間まで追い詰めた迫力は、いまだ健在だった。


「この私にこれ以上何を強いる? よもや、私に闇のエルガイアと戦えとは、言うまいな?」


「…………」


 優子君の無言の肯定。


「ふざけるな! あんな化け物を、まともに叩けるわけがない!」


「ですけど、手段が無いんです! なりふり構っていられないんです!」


「そうやって! また私に苦汁を与えるつもりか!! 小娘!」


 鬼が、泣いていた。

 泣き叫んでいる。


「力なき数だけの人間に迫害され、妻も息子も、生きたまま焼かれて目の前で殺さた。千年以上も封印され、時代を越えさせられて全てを失い、唯一の自我だった復讐すらも諦めさせ、再度全て失い、死ぬことも出来ずにさまよう私に、これ以上何をやらせる気だ! 何をさせる気だ! 私には……私には魂の休息すらも与えぬと言うのか! 人間の小娘!」


「それは……」


「もう、私をほっといてくれ、休ませてくれ……私はもう何もしたくない。人も殺さない。食わない。……だから、私をそっとしておいてくれないか? 頼む……」


 静寂。


 心もとない、焚き火の炎だけが、夜闇で揺れていた。


「…………くっ」


 奥歯を強く噛んだ、苦悶の声。それは優子君だった。

 拳を強く握り、震えている。


「なら、これから起こるであろう、地獄を、話しましょう」


 後ろ姿を見ただけでも分かる。優子君の何かを覚悟した声が、ジャングルの胸を貫いた。

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