日常

 もう、何もかもがダルくなってきた。


「おい、結崎。寝るんじゃない」


 おっと、教師にばれた。


 意外とあの黒板からの立ち位置だと、クラスの生徒全体が見渡せるんだよな。


 かったるい。


 数学なんてほどほどでいい。理系に向かうほど得意ではないしな。

 当たり前の日常。眠くなりそうな教師の声。ゆったりとした時間。

 それとちょっとした空腹感。


 ……穏やかだ。


 まさかこんな普通さが、こんなにも尊いと実感するとは思わなかった。

 やっぱり自分の平和が、一番だよな。


 …………。


「おい結崎。寝るなと言ってるだろ!」

「ふぁーい」

 


 まあ、なんだかんだ言っても、腹が減るときは腹が減る。

 屋上でゆっこと一緒に弁当を食べる昼休み。


「これからどうやって、ミュータント達と戦いましょうか? もう警察頼みは出来ませんし……」

「いいんだよもう」

「先輩……」

「これでいいんだ。警察が後は何とかしてくれる」

「エルガイアはどうするんですか?」


「このまま眠っておいてもらう。元々俺はただの一般人。ただの高校二年生だ。無理に使命感を気取って戦わなくても、やるって言っているやつらがやればいいんだ。第一、エルガイアに変身できるって言っても、俺には戦う才能もセンスもないし。一般人に戦わせる事が間違いだったんだよ」


「なんかあの月島って言う上司さんと、同じ事言ってますね」

「それが正しくてそれがごく当たり前だったんだよ」


 どすん!


 頭上からヘックスが降ってきて、その意味のまま器用に俺の頭に着地した。


「結崎拓真。これはどういう事だ?」


 首痛ってえ。重たい。


「どーもこーもねーよ。俺は一般人に戻っただけだ」

「何故戦わない。戦うことをやめたのか?」

「ああそうだよ。代わりにお前たちと戦うって豪語したヤツが現れたんだ。だったらそいつに任せればいい」

「馬鹿な事を言うな。結崎拓真。君はエルガイアになれるんだぞ」

「エルガイアになっても、俺には戦う才能なんて無いし、あの赤い牙ってやつらに全然かなわないんだよ。戦力外通告されたんだから、大人しく人間らしい日々に戻るだけだ」


「……結崎拓真」


「わざわざフルネームで呼ばなくてもいい」

「じゃあ、拓真。君はわかっていない」

「いいや、自分の身の程をちゃんと知ったさ。嫌というほどな」

「エルガイアが、僕たち超人と戦うことには、とても大きな意味を持っているんだ」

「そんなの知らねえ。俺はもう戦わない。その必要が無くなった」

「…………」

「いい加減、俺の頭から降りろ」

「ふん……」


 ヘックスがあっさりと降りた。


「まったく、毎度毎度、君にはガッカリさせられる」

「お前の期待に応えるために戦っていたわけじゃねえよ」

「……本当にそれでいいのか?」

「ああ、それでいいんだ」

「…………」

「もう誰の文句もいらねえ。聞きたくもねえ」

「……それは嘘だ。拓真」

「何でそう言い切れる?」

「君の胸のうちにはまだ、『火』が残っているはずだ」

「…………」


「今まで戦ってきた、様々な超人たち。倒してきた超人たちに対する責任。そしてどう言おうと、一度君の胸に宿った戦うための火、それは完全に拭えていないはずだ」


「…………」

「使命を果たせ。拓真」

「………………だりぃな」


「結崎拓真!」


「もう誰の口上にも乗らねえよ。俺は元の生活に戻る。ミュータントは全て警察に任せればいい。それが正しいあり方だ」


「……本当に、君と言う人間は」


「何だよ? 何が悪いんだ? 戦いたいやつだけ戦えばいい。そんだけだ」

「僕をガッカリさせるな!」


 ヘックスが俺の胸倉を掴んできた。


「結崎拓真。エルガイアの後継者でもある君が、僕たちと戦わないでどうするんだ! 君という存在には、人類とミュータントの、辛く深い因縁と運命を背負っているんだ! それなのに、何で君はいつもいつも……」


「ヘックスさん」


 ゆっこが間に入ってきた。


「百聞は一見にしかず。ここであーだこーだを何百と言っても、実際に戦いが起これば、何かが変わるはずです。ヘックスさんも頭を冷やしたらどうですか?」


「…………」


 ヘックスはふんと鼻を鳴らして、俺の胸倉を掴んでいる手を離した。


「そうだね。こんな大馬鹿者には、こんな愚かな人間たちには、大火傷をするぐらいに痛い思いをしなければ、きっとわからないのだろうね。ありがとう優子さん。君はいつも僕を冷静に引き戻してくれる」


「それはどうもー」


「…………」


「結崎拓真!」


「だからフルネームはいいって」


「このままで済むと思うな。君は戦わなければいけない。人類と、超人と、それらを左右する運命に、立ち向かう使命がある。これから嫌でもわかってくる。君がエルガイアでいる限り。絶対にだ」


 戦うなだの、戦えだの、一体どっちなんだ……。


 俺の大きなため息を見て、ヘックスは怒り顔のまま、去っていった。


「先輩って、本当にヘックスさんと相性が悪いですね。すれ違いすぎです」

「あんなのと仲良くなるつもりは無いよ」

「昔の先輩に逆戻りですね」

「そんな昔というほどじゃないだろ?」

「…………」

「なんだよ?」

「いいえ、やっぱり百聞は一見にしかずかな、と思いまして」

「ゆっこまで何なんだよ。まったく……」

「本当に一度大怪我した方がいいみたいですね」


 今度はゆっこの方がため息をついた。


「俺に何でもかんでも押し付けるな。そもそもそんなに大きな幾つもの物なんて持てるほど、俺の器は大きくないんだからさ」

「まあ、先輩の器の小ささはよく分かっていますけど」

「自分で言うのは平気だが、それ以外に言われると少しイラッとするな……」

「ふふふ……」

「笑うな」


 まあ、現状ではどうすることも出来ないんだ。

 たとえ何が起ころうとも……。

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