意地

 んで、俺はどうしてこんな所にいるのだろうか?


「私は部活サボってまできたんですから、先輩もしっかりしてください」


 どいつもこいつも、まったく。俺をどうしたいんだか……。


「ゆっこ、俺はどうしてこんな所にいなきゃならなんだ?」

「百聞は一見にしかずと、お昼に言ったじゃありませんか」


 俺たちは大型ショッピングモール。ZOZOシティの中にいた。


「多分、いいえ確実に。今晩も赤い牙のミュータントが現れるでしょう」

「確かに連日やってきているのは分かるが、俺はもう何もしないぞ」

「向こうは、こう思っているでしょう……あれれぇ? おかし~ぞぉ? 復活したエルガイアはこんなにも弱いのかぁ~? と……」


「……何だその口調は」


「エルガイアを討伐する事が目的の彼らは、二度の接触で、さぞエルガイアのあまりの弱さにびっくりしてたでしょう」


「おい……」


「ですが、赤い牙たちはこうも思ったはずです。戦いが長引けば、戦いを繰り返していれば、やがてエルガイアは徐々に本当の力を取り戻していくだろう。じゃあ、打つ手はひとつに決まっています」


「ふーん」


 一階が化粧品売り場になる理由は、その臭いがこもらないために、一階に設置するらしい。そして一番売れる物、洋服。人が一番集中する一階は、人の目が多く留まる所には、また洋服店を置くこともあるらしい。確かどこかでそんなことを聞いたな。いつのどこだったっけ? ……まあいいや。


「エルガイアが昔の力を取り戻す前に、早期に決着をつけること。弱いままのエルガイアを倒すのは、戦士として不本意でしょう、あのアスラーダのように。ですが今回は『討伐』です。手段は選びません。選べません。だから、三度目になる襲撃は、確実にエルガイアにトドメを刺すつもりでやってくるでしょう」


「お前も俺に死ねと言うのか?」


「いいえ違いますよ。今戦っても、本腰を入れた精鋭部隊のミュータントに、先輩が勝てる余地なんてありません。勝率ゼロパーセントです。間違いなく殺されます」


「そこまで言うか?」


「ええ言いますとも。のんきで人生舐めてて、楽なほうにしか進まない、ヘタレな今の先輩に、限界の一つや二つを超えたとしても、ぜっっっったいに勝てません」


「……ヘコんでもいいか?」

「と、言うわけで、今回は見学と行きましょう」

「見学?」


 なんだか変な事になってきたぞ……。


「ええ、見るだけです。向こうはただでさえ強いのに、さらに本気でかかってくるんです。ですが、勝てない敵に真っ向から立ち向かうなんて。そんな愚直な事はしなくてもいいんです。逃げるが勝ちとも言いますし。赤い牙との接触を回避しても、別にいいんですよ。自分から死にに行くようなことをしなくたっていいんです」


「お前完全に俺が負けることを想定して物を言っているよな? その頭ひっぱたくぞ」


「ですからこっちも、様子見。ヘタレらしく隠れて相手の出方を観てみましょう。ってことです」


「さっきから俺の事を散々に言ってるなお前は!」


「と、言、う、わ、け、で。赤い牙がやってくるまで、デートしていましょう。ねー先輩」


「…………」


 この女をどうしてくれようか?

 俺、今ここで怒ってもいいよな?


「あ、あのお洋服、なんか良い感じじゃありません?」


 俺の腕をぐいぐい引っ張っていくゆっこ。

 帰ってもいいかな?


 そしてゆっこの予想は当たった。


 街中に、ヘラムと言う三人の部下を引き連れたアムタウ族のミュータントが姿を現し、人払いと言わんばかりに暴れ周り、やがて機動隊と警察達が現れ、すぐさまこう着状態に入った。


   ―――――――――――――――


「あー、あー、ミュータントに告ぐ。大人しく投降しなさい。こちらの要求が聞けない場合、強制的に拘束し、法的執行を行うものとする。繰り返す――」


 月島課長が拡声器でミュータント達に、お決まりの台詞で呼びかける。


 あれは、一番最初に接触してきた、確かヘラムと言うアムタウ族のミュータント。


 その部下の三名は「エルガイアはどこだ!」「エルガイアを出せ!」と叫び返してきている。やはり狙いは拓真君か。


 自衛隊から借りたハチキュウライフルのグリップを強く握る。


「舘山寺さん。相手はエルガイア狙いですね。でも拓真君は……」

「ああ、わかっている。彼は呼んでいない」

「本当に、エルガイア無しで、ミュータントと戦うんですか?」

「それしかないだろ。今さらビビるな」


 俺たちの前には、シールドと瞬間的拘束用のさすまたを持った、機動隊員がずらりと並んでいる。


 月島課長は、少し前に、今晩も現れるだろうと踏んで、なにやら機動隊員たちに指示を送っていた。こちらは銃を持って待機するだけだが、作戦か何かを仕込んだらしい。


 月島課長の人海戦術。お手並み拝見。といった所か。

 本当に、ミュータントを拘束。捕獲することができるのだろうか?


「もう一度言う。大人しく投降しなさい」

「うるさい! 雑魚にかまっている気はない! エルガイアをさっさと用意しろ!」

「ならば強制執行を行う。よろしいか?」

「どうやら少しばかり痛い目を見なければわからないようだな。ただの人間無勢が!」

「全員! 構え!」


 ザッ! ザッ!


 機動隊員たちが乱れもない構えを作る。ミュータント達も、従えている三人のミュータントを前に出し、向かい合った。


「全員! 突撃開始!」


 うおおおおおおおおおお――


 雄たけびを上げて、機動隊員の陣が一斉に動き出す。

 まるでそれは津波のように、ミュータント達に向かっていく。


 まず、最前列にいたシールド隊がミュータントを押し込むようになだれ込んで、さらに素早く四人のミュータント達を中心に、円を描くように取り囲んだ。


 それは素早く迅速で、まるであらかじめ用意していたような動きだった。


 月島課長が機動隊員たちに指示していたのは、この布陣を作るためか。


 円を描いたシールド隊が、さらに円の面積を縮める。そして二列目、さすまた部隊。前列のシールド隊の間から刺すまたを突き出し、ミュータント達を拘束にかかる。


 だが、これだけでミュータントは……。


 地面は機動隊員たちがガッチリと逃げ場を殺しているが、上は死角になっている。アムタウ族の跳躍力をもってすれば、簡単に――


「網、投下!」

「なっ!」


 金属の糸で作られた投網が投げ込まれ、死角になるはずだった上空の逃げ道を遮断した。


 三列目。複数の網を持った機動隊員たちが、中心にいるミュータント達に向けて金属製の網を投げ込んだ。


「ふむ、こんな所か……うまく事が運んだな」


 柔軟かつ頑丈な網に絡まり、多数のさすまたで取り押さえられ、それでも暴れるミュータント達をシールドで押し込んでいく。


 いくつかさすまたを壊されたが、四人のミュータントをがっちりと拘束している。


「……本当に、ミュータントを押さえ込んだ」


 月島課長がミュータント達にトドメを刺す。


「麻酔弾、発砲を許可する!」


 完全に統制の取れた動きの中、麻酔弾を仕込んだ銃を持って残った機動隊員が中心にいるミュータント達に向かって、至近距離から発砲した。


 しばらくの騒乱のあと、静けさが戻ってきた。

 そして、機動隊員の群れの中から声が飛んできた。


「麻酔弾打ち込み完了。目標完全に沈黙! 拘束及び捕獲完了!」


 おおおおおおおおおおおお――


 機動隊員たちが雄たけびを上げる。


「まあ、こんなものか」


 本当に、ミュータント四体を捕獲してしまった。


「舘山寺さん……」

「ああ……」

「俺たちの出る幕もなかったですね」


「人は集合して力を合わせる事で真価を発揮する。いつも、いつの時代でも、戦いと言うものはしっかりした作戦と戦術、どれだけ統制の取れる動きを見せるか、で決まるものだよ。これで目が覚めたかね? 舘山寺警部補、木場警部補」


「…………」


「我々人類……警察は、ミュータントなどと言う特殊な生物にも、しっかりと対応できる。これがその証明だ」


「それで、彼らをどうするつもりですか?」


「もちろん、彼らは特殊な肉体を持っているが、しっかりとした思考能力と言語を持った……彼らもまた人間だ。拘束の後、法的執行をする。まあ、極刑だろうね」


「…………」


「何か不満はあるかね? 舘山寺警部補」


「なにも、ありません……」


 ミュータントに対し、人間は十分に対抗できる。その証明がたった今、成された。


「しかし、案外簡単なものだったかな。何故今までこうしなかったのか、本当に不思議に思うよ私は」


 あっさりとした結果に、少し不満な様子の月島課長。


「…………」


「人間にも、意地がある。エルガイアなどと言う、テレビの中のようなヒーローは、要らないのだよ」

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