第八章 決闘! 豪華ナイトクルーズ

招待

「ただいま」

「拓真、またお手紙よ」

「…………」


 カガロとの戦いから二日がたった頃、またメッツラからの手紙が来た。


 受け取って自室に入る。


 前と同じ、見た目は白紙の手紙。中には文面と、チケットが二枚入っていた。

 


 決着をつけよう。エルガイアよ。

 

 送った招待状の日時、日付に舞台を用意する。


 無論、やってこなければ何の関係も無い人々が大勢死ぬ。


 必ず来い。



 半ば脅迫的な文章だった。


 チケットはペアチケットが二枚。つまり四人分のチケットだった。それは少し離れた港から出航される豪華ナイトクルーズの招待状だった。


 日付は今度の土曜日の18時に出向予定。

 船の上での決戦か……。


 舘山寺さんにスマートフォンで連絡を取る。


 そしたら、すぐに来てくれないかと言われた。……さっきまで中央署で機動隊員さんたちと乱取りをやりまくったあとだったが、祖母に「ちょっといってくる」と告げて、また中央署へ向かって自転車を漕いだ。


 ―――――――――――――――

 

「決戦……、いや、残るミュータントの数と戦力からして決闘。といったところか」

 デスクに座りながら。ナイトクルーズの招待券を手にとって眺め、舘山寺さんが冷静に言った。


 ミュータントの残りはあと4体、メッツラ、ギメガミ、まだ姿を見せていないミュータントが一体。


 そして、ジャングル。


 ジャングル……俺のエルガイアの変身時の倍はありそうな巨体に、とんでもない怪力を持ったアウムタウ族のミュータント。


 俺はヤツと初めて出会った時、たった一撃、拳からの一撃で倒された。


 あのジャングルと、再び戦う時がきた。


「にしても、やり方が小ずるいんすよ。俺が行かなければ無関係な人間を巻き添えにして爆弾を使うんですよ」

「これは、罠だと分かっていても行くしかないね……」

「くそったれ」


 手の平と拳を合わせてパンッと音を鳴らすと、まあまあと木場さんがなだめてきた。


「…………」


 舘山寺さんがじっとチケットを見て、ぽつりと言った。


「なんで二枚。四人分の招待券なんだ?」

「へ?」


 それに木場さんが答えた。


「そりゃあ、なにかのひょうしでチケットをなくしてしまったり破けたり濡らしたりで。予備じゃないですかね?」


「んなわけあるか」


 ぴしゃりと言い放った舘山寺さん。


「ひょっとして……」


 今思いついたことを声に出す。


「相手の残るミュータントは4体。だからこちらもエルガイアを筆頭に、四人までの戦士を集めろ。っていう遠まわしの挑発かも……」


「ふむ」

「やまあ、根拠は無いですが」

「四対四。か、なるほどな」


 意外にも舘山寺さんが頷いた。


「とりあえず、このチケットの一杯はこちらで預かっておこう」

「舘山寺さんと木場さんも来るんですか?」

「他に有力な候補がいたら、君をバックアップさせるよう潜入させるさ」


 すると、木場さんが「あっ!」とひらめいて提案してきた。


「その豪華ナイトクルーズのチケットを買い占めましょう。それなら」

「いやそれは駄目だ」


 舘山寺さんがキッパリ言った。

 なんだろうか? 舘山寺さんって木場さんに厳しいな……。


 舘山寺さんと木場さんが言い合う。


「出航前にこちらが人員を動員すれば、出航不可になるかもしれない。最悪、残り四人全員で乗り込んで来るだろうミュータントを取り逃がす可能性もある」


「そうですかねえ?」


「敵の立場に考えれば、この招待に対して何かしら抵抗をしてくるだろう、その場合の逃走経路も隠しておく……と、俺は判断するな」


「結局は、その船上で戦わなければいけない。ってことですか」

「そうなるな」


「ですけど、船の中にはお客も入れて大勢の人たちがいるんですよね? それにこれ明らかに爆破予告ですし、僕だったら、この旅行会社に呼びかけてこのナイトクルーズを止めさせて、次に機会をうかがう、その方が良いんじゃないかなって思うんですけどね」


「もちろん、この旅行会社にも出航を取りやめる連絡も入れる。船上では逃げ場が無い。だが、相手もその場合を考えているだろう……。それでも駄目だった場合、拓真君も入れて四人でミュータント達に立ち向かうしかない。相手はそれぞれのこちらの対抗策に先手を打って、準備を万端にして呼びかけてきたのだろう。当たり前の考えで防止策を打っても無意味になる可能性が高い」


「挑むしかないんですね」

「だろうな」


 はぁ、と舘山寺さんがため息をついた。


「まぁ、とりあえずだ。拓真君。こちらでも色々と手を打ってみるから。そのチケットは大事に持っていてくれ」


「わかりました」


 そして議題も一通り出し切って、俺達は解散した・


 ―――――――――――――――


 一晩空けて、昼休み。学校の屋上。

 フェンスに背中を預けて座ったまま、一枚のペアチケットを見る。


 決戦の日は近い。俺はそれまでに、何ができるんだろうか?


 ミザリィ、ドゥシード、カガロ、メッツラ、ギメガミ、ジャングル……彼らはエルガイアに強い復讐心を持っていた。


 それは分かり合いも和解ををする隙もなく、立ち向かってくるのを戦い倒す事でしかできなかった。本当に俺はそうすることしかできないのだろうか? 現代の医療ならば、彼らミュータントの欠点、ドーパミンを作れないという欠点を補えるはずだ。そうすれば人間を食べる必要も無くなる。そして人間とミュータントが対立する必要もなくなるはずなんだ。


 なんで、それができないのだろうか……。


「あっ!」


 めぐらしていた思考をぶった切るように、ゆっこの声が聞こえた。


 だだだだだだだだだだ――


 そしてゆっこはこちらにダッシュでやってきて、即座に俺の持っていたチケットを奪った。


「おい!」


「きゃー! 豪華ナイトクルーズ! 私と夜のデートですか!」


「ちげぇよ!」


 やばい、うかつだった。


「それはミュータント共が俺達の決戦の場として用意した招待状だ、お前は来れない!」

「とうとう決戦の火蓋が切って落とされるんですね! じゃあなおさら私がバックアップに付かなきゃ!」


「お前に何ができるんだよ! 返せ」

 立ち上がって手を伸ばすが、ゆっこは逃げ出した。

「逃げんな! お前には荷が重過ぎる! 返せ!」


「嫌です! 私も行きます!」

「死ぬかもしれないんだぞ!」

「先輩が守ってくれるんでしょ?」

「守りきれないかもしれないし、船の上だから逃げ場なんて無いんだ、危険過ぎる!」


「危険? 私の安否を心配してくれるんですか?」

「だから、そうじゃなくて、その一人には警察の戦力が入る予定なんだよ。お前は頭数に入れないんだよ!」


「むー」


 ふくれっ面になるゆっこ。


「……それなら、ええい」

「はあ!」


 ゆっこがチケットをブラウスの胸の中に入れた。


「何やってんだお前!」

「へへーん、これで私からチケットを奪い返せますかー?」


「卑怯だぞ!」

「卑怯も減ったくれもありませんー、このチケットは私がもらいましたー! 取れるものなら取ってみてください!」


「くっそ」


 女子のブラウスの中に手を突っ込むわけにも行かない。


「本当に危険なんだぞ!」

「聞こえなーい、聞こえない、あーあーあーあー」

 ゆっこが耳を両手で塞いで頭を振る。


「いい加減にしろ。今度の今度はマジにやばいんだ! 船の中には四体もミュータント達が待ち構えてるんだぞ!」

「知りませーん、知りませーん、アイドントアンダスタン~」


「このぉ!」

 捕まえようとするが、くるくると回って逃げ回るゆっこ。

「ああもう、本当に駄目なんだよ」


「じゃあ私の胸をまさぐって取り返してみてください」

 堂々と胸を張るゆっこ。

 それを見て。


「……ところで、お前」

「なんですか?」

「やっぱお前って若干胸が小さいよな?」

「おりゃー!」

 ゆっこの鉄拳が飛んできた。

 

 ―――――――――――――――


「ですから、本書に本当に爆破予告が来ているんですってば!」

 電話越しに叫ぶ。だが相手も怒鳴り声で返してきた。


「そんなものはウチには届いていない! ただの悪戯だ! 今回のナイトクルーズは絶対に成功させないといけないんだよ!」


 ヨシノギツアーズという、全く聞いたことのない旅行会社。業界では認知度がいまいちなのだろう。


「これは絶対に成功させなければならないんだ。今中止したら色んな所にキャンセル料を払って、大赤字どころかこっちは倒産だ! 首をつらなきゃならんくなる!」


「ですが大勢の人間を危険にさらすんですよ!」

「だからそんなものはこちらには一切何も来ていない! デマだ! でまかせだ! そんな悪戯に付き合っていられるか!」


「本当です! 本当に爆破予告がきているんですよ!」

「いい加減にしろ! そんなにウチの会社を倒産させたいのか警察は!」

「信じてください!」


「絶対に駄目だ! ナイトクルーズは絶対に出航させ、成功させなければならない一大プロジェクトだ! なんと言おうと絶対に成功させるんだ!」


 ガチャン! ツーツーツー。


 一方的に電話を切られた。


「…………」


 重苦しい体のまま立ち上がる。

 大杉課長のデスクへ向かった。


「課長、駄目でした。説得に応じてもらえませんでした」

「ん、聞いていたよ。舘山寺君」

「はい……」

「やっぱり、少数精鋭で入り込んで、迅速にミュータントを倒すしかないようだねえ」


「やっぱりそれしかありませんか……」

「そうするしかないようだね」

「では、署内で腕の立つ人を」

「うん、それなんだがねえ」


 大杉課長が手に持っていた湯のみを一口してから、言ってきた。


「行くのは君たち、舘山寺君と木場君に行ってもらいたいのだがね」


「自分達ですか? ですが自分達よりも腕の立つ刑事が」


「それだよ、舘山寺君」


 課長がデスクに肘を置いて両手を組んだ。


「どんなに腕の立つ警察官でも、ミュータント相手では分が悪すぎる。十中八九負けて死ぬだろう。亡くなった子安機動隊隊長のようにね……。そこで君達だ」


「何故自分達なのでしょうか?」


「君たちはミュータントと数多い交戦をしている。いわば現場の経験値だよ。君たち二人は多くのミュータントと戦い、拓真君……エルガイアとの交流も深い。私はね、今回に限っては単純な力量ではなく、より経験を持った人間を戦力にするべきだと思うんだ」


「ですが自分達では何の戦力にも」


「何も戦う必要は無い。結局の所、最大の戦力でありながらも、ミュータントの狙いはエルガイアだ。君たちは戦う必要は無い。だが、たった4人といえど、指揮を取る人間が必要だ。それが君だよ、舘山寺警部補。ミュータントの力に臆す事なく、どんな状況でも冷静な判断ができる人物、それは何度もミュータントと交戦し、エルガイアの戦いを見てきた君達が適任なんだと思うんだ」


「確かに、自分達は何体ものミュータントとその戦いを見てきました。ですが」


「逃げるのも手の内だ」


 有無を言わさず、大杉課長が言う。


「何も必ずミュータントの首を討ち取って、あるいは相打ちになってでも倒してこいとは言わないよ。君たちは大事な部下であり、貴重な警察官だ。状況を判断し、逃げる事も必要ならばそうするべきだ。ただその判断とタイミングが取れるのは、君たちが適任なんだと思う」


「それは買いかぶりすぎです」


「だがもう、周囲の認知では、君たちは対ミュータントのエキスパートとして認知されているよ」


「……そんな」

「だが事実だ、上でも君たちに一目を置いている上司が多々いる」

「本当に、自分達でいいのですか?」

「無理強いはしないつもりだが、私の考えとしては今言った通りなんだがね」

「……それは、過大評価ですよ」

「だが、本当のことなんだ」


「…………」


「頼むよ、舘山寺警部補」


「……すこし、考えさせてください」


「うむ」


 大杉課長のデスクから離れ、自分のデスクに戻る。

 片手で自分の顔を覆いながら、深くうなだれた。


「はぁ……」

「やっぱ、こうなっちゃいますか」


 木場がぼやいた。


「ああ、まさか、ここまで期待されているとはな……」

 肩がものすごく重い。


「もう、腹を括るしかないでしょう」

 木場が珍しく、真剣な表情をしていた。

「舘山寺さん、俺も行きますよ。ただ、この後早退させていただきます、それから明日も休みを取らせてもらいます」


「は?」


「行くなら行くで、僕も何の策も無しに行くわけにはいきません、今から、それと明日。準備のために休ませていただきます」


「……わかった。お前なりに何か対策の案があるんだな?」

「はい」

「了解した。俺もう少し、粘ってみる。ヨシノギツアーズにまた説得を試みてみるつもりだ」


「はい、お願いします」


 そして木場は早退して行った。


 そうして時間は、等速で早くも遅くも無く、じわじわと確実に迫ってきていた。


 さらにその後で、夕方に連絡を入れてきた拓真君から、優子君がこの敵地であるナイトクルーズに参加をするという報告を受けて、俺は唖然として激しく肩を落とした。

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