決戦前
「うおっ!」
帰ってきて即座にびっくりした。
「ハロー、タクマ。ナイストゥミーテュウ」
「な、ないすとぅみーちゅ」
玄関に知らない男物の靴があって、誰なのだろうと思ったら、頼子姐さんの恋人、ジョニィさんがいた。
祖母と姐さんとジョニィさんで談笑している。
「それで、ウチの頼子とはどうして付き合ったのかしら?」
祖母が笑顔でジョニィさんに聞いている。
だがジョニィさんは日本語が分からないので、姐さんが通訳して説明していた。
「えっとね「君が僕を選んでくれたから」だって」
「あらあら、まあまあ」
くすくすと笑う祖母……ばぁばって、何あってもマイペースで物怖じしない所が凄いんだよな。
どうしよう。機動隊員さんたちとの特訓で体が疲れ切っているのに、自分の家なのに居場所が無い……。
「たっくんどうしたの? ぼーっとして」
「いやまあ、うん。かばん置いて着替えてくるわ」
「拓真もこっちにいらっしゃい」
祖母の声にわかった。と答えてから、自室でかばんを放り投げ、ブレザーを脱いで
Tシャツと寝巻き用にきている柔らかい生地のズボンを履く。
んでもって、気持ち的には正直混ざりたくない拒否感があるのだが、三人のいる居間へ向かう。
三人が談笑している中へ入るが、ほとんど聞いているだけだった。祖母が楽しげに姐さんとジョニィの馴れ初めを聞いている。
すると。
「ヘイ、タクマ」
そう言ってジョニィが俺の腕を掴んで撫でた。
「オウ、グッド」
すると姐さんが英語でジョニィに話しかけた。
ジョニィさんはうんうんと頷きながら姐さんに話しかける。
「ダーリンに、「警察の人たちと一緒に体を鍛えてる」って言ったんだけど、ジョニィが「それは凄い、大人の格闘家たちに混じって本格的にやってるんだね、良い筋肉をしている」だって」
「あ、はぁ……どうも」
そんなことを言ってたのか、英語を本当にぺらぺらと早口でしゃべっていて全く聞き取れなかった。
ジョニィさんがさらに姐さんに話しかける。
なんとなくだが、ポリスマン、とだけ何とか拾って聞き取る事ができた。
「たっくん、ジョニィが将来は警察官になるのかい? だって」
「え?」
「だって、もう目星けてるようなものでしょ。毎日警察の人と道場で練習して、もういっそ警察官になっちゃえばいいと思うんだけど」
「それは、ちょっと……」
「なに? 嫌なの?」
「そういうわけじゃなくて、うん、えと」
「何か歯切れが悪いわね。ハッキリしなさいよ」
将来か。
「正直、そこまで考えていないというか、今はとにかく強くなりたくて。将来警察官になるとか、そういうのはあまり考えてないんだよ」
頭をガリガリと掻く。
姐さんがジョニィさんに英語で説明している。
「ジョニィが、じゃあ君はどうして強くなりたいんだい? だって」
「うーん、なんというか」
流石に俺はエルガイアという超人になれて、同じ超人たちのミュータントと戦うためなんて、口が裂けても言えない。
どうしよう……。
「だいぶ前に、凄く強いヤツがいて、それで、正直に言うと何度もボコボコにされたんだよね。それで、そいつが「また強くなったら相手をしてやる」って吐き捨てられて、それからかな。とにかく強くなりたいって思ったのは」
俺の言葉を姐がジョニィさんに英語に変換して伝える。
「つまりは、自分よりもはるかに強い相手ができて、憧れているんだね。だって」
「え?」
アスラーダ。確かにあいつは俺の手の届かないほどに強かった。だけど。
俺はアイツに憧れている?
「…………」
意外な言葉に、こちらが言葉を失う。
「違うの?」
姐が聞いてくる。
「いや、憧れ、てたのかなぁ……正直、バカみたいに強くて、勝ち逃げされて、くやしくて、とにかく強くなりたいって思って、……なんだろう? 俺は憧れたのかな?」
「そんなの私に聞いても分からないわよ」
「そうだよね。そうだよな……」
「タクマ」
ジョニィさんが俺に向かって、英語で何かしら言ってくる。
それを姐が訳してくれた。
「たっくん、君は負けて強くなりたいと思った。それはとても素晴らしい考えだと思う。だけど、自分の強さは心の中にあるんだ。心があって、動いて……行動を起こして、そして少しづつ強くなって、そしていつのまにか新しい君ができるんだ、君は強くなって新しい、どんな人間になりたいんだい? だってさ」
はっとなった。
「…………」
俺の心。強さ。その行方、行き先。
ひたすらがむしゃらにやっていた……そんなこと考えた事すらなかった。
強くなる事で生まれる新しい自分。
その時、俺はどんな場所に立っているのだろうか?
ミュータントと戦い続けて、駆け出し程度の戦士になって。俺はどこへ向かうのだろうか? 何が待っているのだろうか?
「ジョニィ」
「ハイ?」
「ありがとう、サンキュー」
「オーケー、マイブラザー」
はっはっはと笑って、ジョニィが俺の背中を叩いてくれた。
それから、ジョニィを含めて夕食を取り、ジョニィが帰って行って、部屋は盛り上がっていた今さっきとは打って変わって静寂になった
―――――――――――――――
「うーん」
なんだろうか、もうすぐ決戦が始まる。なのに普通の毎日を繰り返していた。当たり前に学校へ行って、ゆっこに困らされて、中央警察署で特訓を手伝ってもらい、帰ってきて何気ない談笑をして、今この場になって、なんだか尻がむずむずして足がくすぐったいぐらいに焦れている。
「……はあ」
広げていた数学の教科書とノート。テーブルの上にシャープペンシルを投げた。
そしてその場で横になる。
「…………」
ぼーっと天井と、眼が痛くなるくらいに光っている蛍光灯を見る。
「ううーん」
なんだか居所が悪い。
数分もしないままに再び起き上がって、外の庭へ出た。
ざりざりと履いたサンダルの音が響く。
そして静かに足を広げて腰を落とし、
「はっ! はっ!」
正拳突きを放った。
少しはましになった拳の突き。数ヶ月前より比べて、拳の威力、スピード、キレが段違いに良くなった。
でも、まだまだ足りない。
「はっ! はっ! はっ!」
何度か正拳突きをして、なんだか虚しくなってやめる。
自分の手の平をじっと見た。
強さ、新しい自分、強敵たち……。
ミュータント……俺は全てのミュータントを倒した時、その後はどうしたらいいのだろうか?
「…………」
いや、ちがう。俺の目的はミュータント達を殲滅する事じゃない。殺しあうために戦って、特訓を繰り返しているわけじゃない。
あの時、アスラーダと最後に戦った時、俺は泣くほど悔しかった。
それは子安さんが殺された怒りだけじゃなく、弱い自分に対しても泣いていた。
……疼く。
俺は確かに、俺に体は確かに疼いていた。
何故? どうして?
大きな戦いが控えているからか?
少しでも早く強くなりたいからか?
それとも、エルガイアの力を最大限に引き出したいからか?
……強くなったその果ての、新しい自分。
闘争心。
俺の心は、疼き、熱いものが燻っていた。
闘争心。
いつの間にか俺の中に芽生えた感情。
エルガイアという超人になって、すくすくと育っていくこの感情。
いやもしかしたら、ずっと生まれた時から、眠っていた感情なのかもしれない。
超人になれたのを機に、俺の中の闘争心が目覚めたのかもしれない。
この力を、どこに向ければいい? どこに向かえばいい?
「……くん? たっくん?」
はっとなって振り向いた。
すると俺の部屋に姐さんが座ってこちらへ呼びかけていた。
「なに? そんなところでぼーっとして? どうしたの?」
「いや、なんでもないよ……」
なんだか、目を合わせにくい。伏目になって答える。
「ねえ、見せてよ」
「何を?」
「さっき、はっ! はっ! って言いながら何かやってたでしょ?」
「ああ、正拳突き? いいけど」
もう一度構えを取って、姐に正拳突きを数発打って見せる。
「へえ、様になってるじゃん」
「いいや、まだだめだよ」
「そうなの?」
「おれ、まだ誰にも勝った事がないから」
「そりゃ、警察の人とやってればねえ……部活には入らないの?」
「入らない。入る気は無いよ」
「そう……」
なんだろう? 今の姐はなんだか、なんというか、しおらしくなっている。
そして姐は微笑を浮かべて、自分のお腹をさすった。
「ねえ、本当にそう思える?」
「なにが?」
「ここにもう一人、子供が、人間がいるって」
「いるんじゃないの?」
「……そうよね。そうだよね」
「そっちこそ何を言ってんの?」
「そっか、そうだよね……。私、お母さんになるのか」
母。
この姐が母親に?
「そういえば、そうなるんだよね?」
「そう。私、来年には母親になるの。男の子か女の子か、まだ分からないんだけどね……。私、お母さんになるの」
「母親、ねえ」
今のところ、この姐が母親になるなんて実感どころか想像もつかない。だけど、本当に姐のおなかにはあのジョニィさんとの子供が、いるはずなんだよな。
「全く母親なんて姿には見えないけどな」
俺の軽口に、姐は反論せず「ふふふ」と笑った。
「……ねえ。名前を付けるとしたら、どうしたらいいと思う?」
「それはジョニィさんと話し合うことじゃないの?」
「まあ、そうなんだけど。男の子でも女の子でも、まだ名前を決められないの。まだ気が早かったのかな?」
「そんなん知らないよ……」
数秒、姉は俺の顔を見てから、大きくため息をついた。
「なんで優子ちゃんって言う彼女がいるのに、わからないのかしらねえ?」
分かる? 何を?
というか。
「ゆっこは彼女じゃないよ」
「いいじゃん、もう彼女で。付き合っちゃいなよ」
「ご免被る!」
「ふふふ……」
姐は微笑みながらお腹をさすり、静かに呟いた。
「ね、私の赤ちゃん。あなたのお兄さんは頼もしいわよ。鈍感だけど」
「一言多いね!」
「ほんとの事でしょ?」
「はいはいわかりました」
そして頼子姐さんは、今まで見たことのないほどの微笑を、こちらに向けた。
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