呼び出し
結崎拓真 エルガイアに告げる。
本日二十一時に、この場所にて待つ。
もし来なければ我が力を持って多くの人間に多大な被害が出るだろう。
必ず来る事。
サイクロ族 メッツラ
手紙の内容はそんな内容だった。丁寧に地図も入っていた。
地図に指定されたのは中区にあるビルの一つだった。
到着したのは時間的にギリギリ。腕につけたままだった時計を見て、夜の九時の五分くらい前に到着した。
どこにでもあるような、無機質な四角いビル。
一応名前は『中岡ビル』と入口に書いてあった。
自転車を走らせ到着し、適当な所に鍵をかけて駐輪させ、ビルの前に立つ。
サイクロ族……まだ会った事の無いミュータントだった。
確か以前にヘックスがこぼしていたのを思い出す。確か、普通の人間よりも高い知能を獲得した変わりに、極度に寿命が少ない種族で、個体数も少ないとか何とか。そんな感じな事を言っていた気がする。
一体どんなヤツなんだ?
アムタウ族、カカロ族。アムタウ族は戦闘に特化した……人体を単純に強化させたミュータント。カカロ族は自然により適応するため、幼少時に多く摂取した動植物の特性を取り込み、その特性を持ち合わせた姿になるという。
それに対して、サイクロ族。
知能が高いって言ってたけど、どれくらいなのだろうか? それを戦闘に応用する……頭脳派な戦い方をするのだろうか?
……とりあえず。入ってみるしかないか。
両開きのガラスドアに手をかける。鍵はかかっていなかった。簡単に入口が開き、建物の中へ入る。
中は真っ暗だった。奥の方で非常口の看板が緑色の光を放っていた。
そして気になったのは臭いだった。大まかに二種類の強い臭い。一つ目は何かの化学薬品か、もう一つは甘ったるいが刺激を感じるほどの強い臭い。
なんだ?
周囲を見回すが、コンクリートがむき出しの建物の中はひんやりとして肌寒かった。
『ようこそ、エルガイアに選ばれし少年。若き現代のエルガイア、結崎拓真よ』
テレパシーが聞こえてきた。方向としては真上、上の階から放ってきている。
『お前がメッツラか?』
『いかにも。そしてこの先を進み上へ上がるのならば、先にエルガイアになっておくのが良いぞ』
『…………』
いちおう、忠告どおりに変身しておくか。建物内は移動できる範囲が狭まっている。メッツラと遭遇してから変身して……その余裕を与えてもらえるか分からない。
「変身」
ゴキリグキグキ、グキゴキゴキゴキ――
エルガイアの姿になって、まずは階段へ向かって歩き出し、昇り始める。
そして折り返しになったところで。
ピピピピピー!
足元から電子音が鳴った。
「なにっ!」
気づいた時にはもう遅い。
ドガァァン!
突然の爆発で体が激しく揺さぶられる。
「ぐ……」
気がつけば壁に背中が張り付いていた。衝撃で吹き飛ばされた。
頭がくらくらし、耳の奥がキーンと鳴り響く。
爆弾使い、か。
頭脳プレーらしく、トラップを建物内に仕込んであるのか。
幸い、建物が崩れるほどの爆発量ではなかったらしく、リノリウム張りの床が煤けて抉れた程度だった。
気をつけて進まなければ……。
とは言っても、どこに仕込んであるのか分からない。化学薬品のような臭いは爆弾の臭いだったのか。だがこれだけ臭いが充満していると、探す事もできない。
多分、センサーか何かで俺がその場を通ると爆発する仕組みになっているのだろう。
そう思った瞬間――
ドガアン!
上から!
突然に天井が爆発して爆風と瓦礫が降ってきた。
「うわっ!」
砂埃で何も見えない。落ち着くまでその場で動かず、じっと待った。
センサーだけじゃなく、自分でも爆発を操作できるのか。
こんなんじゃ、うかつに動けない。
爆発の威力はそこまで強くない。ただ人間の体だったのならば、大怪我じゃすまなかっただろう。……どうする?
先へ進もうと思うが、どこに爆弾が仕込まれているのかわからなく、二の足を踏んでしまう。
……そうだ。
上を向いた。やっぱり。
「よし」
先ほど爆発した天井。二階まで穴が開いていた。ここから進もう。
「ふっ!」
その場で飛び上がり、穴の開いた天井から二階に到着した。
ピピピー!
「なにぃ!」
ドガァン!
二階に到着した途端、爆弾が爆発し、横殴りの爆風に襲われる。
こっちはハズレだったのか。
「ちっくしょー」
完全にメッツラ掌で遊ばれている。
すると、またメッツラからテレパシーが飛んできた。
『ワシが用意した余興はどうじゃ?』
『うっとおしい!』
『まあそう怒るでない。ここからは何もしてはおらぬよ。そのままワシの居る三階へ来るがいい』
信じられるか……と思ったが。本当にこれ以上のトラップは無く、そのまま階段を上がって三階に到着した。
そして三階の中心あたりの廊下に、そのメッツラの姿があった。
見た目はただの杖を持った老人。だが肌が紫色で、頭は大きく身長は小学生の低学年ほどしかない小柄なミュータントだった。
だが、気になることがあった。このメッツラという老人、香水でもつけているのか、鋭敏になった嗅覚……鼻が曲がるほど甘ったるい人工的な臭いが酷かった。
シワだらけの顔が、まるで待ちに待った孫を見るような目でこちらに笑いかけてきた。
「初めましてじゃな。現代のエルガイアよ。ワシがメッツラ・ハリントン・ブラス・ラングラン・ドレスラーじゃ。気軽にメッツラだけで良いぞ」
「現代のエルガイア、結崎拓真だ」
「ほっほっほ。これは丁寧に。見た目どおり、まだ若い少年じゃな」
エルガイアに変身しているにもかかわらず、メッツラは俺の事を少年と呼んだ。
「ワシらサイクロ族にはな、普通の人間には無い認識が一つだけ備わっておる。第六感というやつじゃ……それはチャクラの認識」
俺が黙っていると、そのままメッツラは話を続けた。
「チャクラ、オーラ、気。まあ、色々と言われているが、とどのつまりは人間の生命エネルギー、そして空間内に存在する熱エネルギーを筆頭に様々なエネルギーを認識する事ができる。拓真殿、おぬしの生命エネルギーはまだ若々しく、そして様々な可能性に向いておる。これは大変良い事じゃ。健康、健全、健やか。とても良いエネルギーを持っておる」
メッツラが機嫌良く「ほっほっほ」と笑った。
なんだこいつは? 敵であるはずなのに、とても親しく話してくる。
思い切って、今度はこっちから言った。
「アンタ、人より凄く頭がいいんだよな?」
「まあ、そうじゃの」
「だったら、こんな無駄な戦いは止めにしないか? ミュータントは体でドーパミンを作れない体だけど、今の医学なら何とかできる。自首してくれ」
「じしゅ? とは何じゃ?」
「罪を認めて警察にいくんだ」
「罪?」
それを聞いたメッツラが、「はっはっはっはっは」と笑った。
「罪? 罪じゃと? ワシがこの時代でどんな罪を犯したというのじゃ? せいぜいこの建物を壊した程度じゃが……ワシに何の罪があるのかの?」
「う……」
言葉に詰まる。
「じゃあ、和解をしないか?」
「和解? じゃと?」
「そうだ、あんたそんなに頭が良いなら、俺達と同じ常識も分かるだろうし、理性能力も高いと思う。あんた達にとっては現代に適応する、っていうのかな? とにかく、戦うなんて不毛な事は止めにしないか? 特に、俺は昔のエルガイアじゃない。アンタがエルガイアに復讐をしたいと思っても、その当時のエルガイアはもう居ない。ここにいる俺は、昔のエルガイアじゃないことぐらい、わかるだろ?」
「……復讐に道理無し」
メッツラがポツリと声をこぼした。加えて、今まで穏やかだった表情が一変する。
冷たく、引き締まった目じりが俺の射抜く。
「そちらの言い分は分かった。まさに正論じゃろうて。まさしくその通りじゃ」
「じゃ、じゃあ――」
「だが、復讐に道理無し! そして何年経とうとどんな人間だろうと、感情によって生きるが人の道。復讐、恨みという感情を放棄する事、それは人の尊厳を奪うも同じ。怨念も感情の一つ。尊重されるべき人間の感情の一つ。そのために生きるも人の道」
メッツラは目をかっと見開き、叫んだ。
「ワシらを舐めるな! 小僧!」
すると、背後から突然何者かが現れた。
しまった、本来だったら臭いで分かるのに……香水の臭いは伏兵を隠すためだったのか!
シュルシュルシュル、キリキリキリキリ――
なんだ?やたら周囲が瞬く。
周囲を素早く見渡すも、相手は俺の視線からひたすら外れて動き回る。
なっ!
気がつけば、細い糸で体中が縛られていた。
「ぐ……」
情けない格好だが、右足首と俺の首が糸でつながり、右脚を動かしただけで繋がっている首が酷く引き絞られた。
片足で立っている状態でふらふらとする。
そして両腕。二の腕から肘まで、手首も合わさるようにがっちりと糸で縛られた。
身動きができない。よく見ると、糸は金属的な鈍い光を放っている。
周囲を見渡した時に瞬いた輝きは、この金属でできた糸だったからか……。
「人間は動く時、必ず呼び動作を必要とする」
メッツラが淡々と説明してきた。
「たとえ小さな動き、たとえば歩くという動作も、体重の移動から筋肉の収縮が、最初の一歩目を動き出す前から体内で動いている……さて、ならばその予備動作もできないほど身動きを奪われたらどうなるかな?」
「く、そ……」
「そう、たとえどんなに大きな力を持った超人でも、こんな細い糸からですらも、逃れられなくなる。今のおぬしのようにな」
メッツラの言うとおりだった。力を込めようとしても、体が反応しない。加えて、あえて残された左脚。体のバランスを保って立っているだけでもやっとだった。
そして正面に現れた、俺を縛り上げた張本人。
それは女性のアムタウ族だった。
手に持った小剣を、俺の喉元に突き刺そうと放ってきた。
「やめよ!」
メッツラの一喝、それで女性のアムタウ族の小剣は俺の喉先で止まった。
「何故ですか?」
女性のアムタウ族が、小剣を俺の喉元に向けたままメッツラに聞いた。
「若い者は得てして時折に、何の根拠も無く無茶をする。追いつめられれば信じられない、予想外な行動を取る。今この瞬間、お前がこのままエルガイアを攻撃すれば、負けるのはお前じゃぞ、ギマリア」
「…………」
「剣を引け」
「わかりました」
ギメガミと呼ばれた女性のアムタウ族が小剣を引き、俺から距離を取った。
「さて、挨拶はこの程度にしようかの。お開きじゃ」
コツコツと杖を使いながら俺のすぐ脇を通るメッツラ。
「ほい」
すれ違うついでにメッツラは、杖で俺の左脚を叩き、俺を転ばせた。
「くそったれ、この糸を解け!」
「ほっほっほ、それはご免被る」
女性のアムタウ族、ギメガミもメッツラの後ろに続いて俺の脇を通っていった。
ゴキ、ゴキゴキゴキゴキ――
体内が変形する異音。目で音の先を追うと、ギメガミがウェーブの髪にスーツ姿の女性の姿になっていた。
「ちくしょう! 糸を解け!」
こちらの罵声もそ知らぬまま、メッツラとギメガミは三階の階段を下りて行った。
―――――――――――――――
ビルを出たメッツラとギメガミ。
さらに近くにあった横断歩道を渡り、車道を間に挟んで拓真のいるビルに向いた。
「さて、そろそろかの?」
そう呟いたメッツラ。その数秒後――
ドォン! ドォンドォン! ドォン!
ビルの中からくぐもった爆発音がいくつも鳴り響いた。
そして。
ガシャアアアアアアアア――
ビルが垂直に崩れて、一気に瓦礫の山と化した。
周囲の人々が、なんだなんだと騒ぎ始めた。
「これで、エルガイアを倒せたのでしょうか?」
「そんなはずはあるまい。この程度でエルガイアが圧死するほどヤワではない」
「そうですか……」
ちょっとした騒ぎになっている中、メッツラとギメガミは静かに崩落したビルを眺めていた。
「さて、次の準備じゃ。行くぞ」
「はい」
こつんこつんと音を立て、杖先で地面を叩きながら、メッツラとギメガミはその場を離れた。
―――――――――――――――
周囲はパトカーの赤いランプで染め上がり、何人もの警官が方託したビルに集まっていた。
KEEP OUT と書かれた黄色いテープと赤いコーンで軽いバリケードを作り、警官が数人で野次馬達をなだめていた。
「何なんだこれは? 欠陥建築だったのか?」
「それにしてはおかしいですね、まるで爆破解体されたかのように、綺麗に垂直に壊れたらしいですよ」
「うーん。なんなんだ?」
「どういうことだ?」
警官たちが崩落したビルの瓦礫を登り、口々に疑問を抱きながら周囲を検索した。
すると――
ズボッ!
「うわっ!」
突然瓦礫の中から腕が現れ、ひたすらもがいていた。
「生きてるのか! 壊れたビルの中だぞ!」
「生存者発見!」
「今引っ張り出すからな! 頑張れ!」
警官が二人ほど、瓦礫の中から現れた腕を引っ張り、その姿があらわになった。
「うわ!」
「化け物!」
現れたのはエルガイアに変身した拓真だった。
「ふう、ありがとうございます。助かりました」
「あ、ああ……君は、一体?」
「ああ、エルガイアですよ。今変身を解きますね」
ゴキリグキグキグキ、ゴキゴキゴキ――
「はー、やっと出れた」
「人間……」
「あ、エルガイアって! 君があのエルガイア!」
「ええまあ、そうです。中央署の舘山寺警部補と木場警部補と連絡は取れますか?」
「あ、ああ、無線で連絡を取れるが……」
「じゃあ、呼んで下さい。話が分かっている人が対応したほうがいいと思うので」
冷静でいる拓真の方が不思議なのか、雑踏とした喧騒の中で、瓦礫の中から出てきて体をほぐす拓真の姿が異様に見えた。
「あのジジイ。絶対にほえ面かかせてやる」
相違呟きつつ、瓦礫から出てくるのが一苦労だったのか、拓真は「はああああああ」と大きなため息をついた。
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