襲来
「俺は――」
『俺は――」
叫び声とともに周囲に向かってテレパシーを広げる。
突然に耳と脳内に響き渡る声に、何人もの人が耳を塞ぎ、うずくまるように驚いた。
「俺は!」
『俺は!』
大声の中心に、周囲の視線が集まる。
「人間が!」
『人間が!』
中心にいた人物は、黒い革ジャンにジーンズの男。大きくのけぞり叫び声を上げていた。
「大嫌いだあああああああああああああ!」
『大嫌いだあああああああああああああ!』
ゴキリ、ゴキゴキゴキ、グギリグギグギグギ――
長くなった赤い髪を振り乱し、男は怪人の姿へと変貌した。
雑踏の中で女性の悲鳴が上がり、一部では何だ何だと騒ぎ立てた。
「ふしゅううううう――」
鋭く尖った牙を見せながら、黒い怪人が周囲を見渡す。
「どこだ! エルガイアああああ!」
『どこだ! エルガイアああああ!』
怒りに身を任せるように、周囲の物にめったやたらと八つ当たりをし、暴れまわる黒い怪人。
警備員が二人、駆けつけてきた。
「動くな! 暴れるんじゃない!」
「ンだ? てめえらはぁ!」
警備員の二人が、腰から警防を取り出して構える。
対して、黒い怪人は。
ニチャァ……グキグキグキ
口が、まるでギミックが展開したかのように大きく広がり、警備員の頭をめがけて襲い掛かった。
「うわつ! うわあああああ」
狙われた警備員が尻餅をついて倒れる。
ガチン!
黒い怪人の口は空振り、粘着質のよだれが垂れ下がり、真下で尻餅をついている警備員の顔に張り付いた。
黒い怪人の口が元に戻る。
「ば、化け物!」
狙われた警備員が泡を食らったように腰が抜けたまま這い蹲って逃げる。
「逃げんなゴルァ!」
警備員を追いかけようとする黒い怪人。
状況を察したのか、周囲の人々が叫び声を上げ始め、どたばたと黒い怪人から逃げていく。周囲がパニック状態になった。
そんな中を、銀色の軌跡が人垣を縫うかのよう疾り、黒い怪人めがけて飛びついた。
「やめろおおおお!」
銀色の怪人が黒い怪人に組み付き、そのままもつれるようにごろごろと転がった。
そして素早く銀色の怪人が黒い怪人から離れ距離を取り、構えた。
「やっときたか、エルガイア!」
黒い怪人が立ち上がり、吠えた。
「てめぇをぶったおす!」
「それはこっちの台詞だ!」
―――――――――――――――
「なに? これ……」
ジョニィさんの陰に隠れ、頼子が黒い怪人と、颯爽と現れた銀色の怪人を交互に見る。
「二人とも、逃げましょう!」
拓真の帽子をかぶった優子が、頼子とジョニィの服を引っ張った。
「優子ちゃん、あの二人を知ってるの?」
「えっ!」
よりこの言葉に虚を突かれ、しどろもどろになる。
「えっと、それはその、私もちょっと前に見た事があって、その……」
「じゃあ、たっくんも?」
「え、あ……う……」
「ヨリコ」
ジョニィが頼子の肩を掴む。
「レッツエスケープ」
真剣な顔でジョニィは頼子を見る。
「……うん、わかった」
「じゃあ、早く逃げましょう!」
優子が二人の腕を引っ張って、その場から退散した。
―――――――――――――――
「お前は何者だ? 名前は?」
エルガイアに変身した拓真が聞いた。
「俺か? そんなに俺の名前を知りたいか? あぁ?」
「あいにく、たくさんのお前らを相手にしてきたんでな。化け物のひと括りじゃあ収まらないのさ」
「そうかよ! 俺様はカガロ、アムタウ族の戦士だ!」
「俺は現代のエルガイア、ゆ――」
やばっ!
黒い怪人、カガロの背後で優子と頼子姐さんとジョニィさんがいた。名乗ったら正体がばれる。
「エルガイアだ!」
「上等だゴルァ! かかってこいやぁ!」
「いくぞ!」
ぐっと拳に力を入れる。
だが――
ぐきゅるるるるる
「えっ」
拳が握った先から力が抜けていく。
ぐううううううう
腹が鳴り、急激な空腹感に襲われる。
――ガス欠!
思えば二日も何も食べずに、数時間前にやっとものを口にしたばかりだった。エルガイアの状態ではエネルギー不足だとは――
「はっ!」
気がつくと、カガロの顔が正面にあった。
ガツン!
頭に激しい衝撃が走り、目がチカチカした。
「おうら! もういっちょ!」
ガツン! ガツン!
カガロの頭突き攻撃に、なすすべもなく額を打ち叩かれる。
「おるぁ!」
カガロに右拳。思いっきり振り上げた拳が顔面に当たり、吹っ飛ばされる。
だが、その攻撃はアスラーダとも、あのジャングルほどの攻撃力はなく、すぐさま起き上がることができた。
ぐきゅるるるるる
腹をさする、空腹で胃腸が鳴き声を上げている。
「くそ……」
だめだ、体に力が入らない。フレイムフォームで一時的にでもパワーを上げるか? ……だめだ。できない。周囲は複数の洋服店で、様々な衣装が散乱しており、炎の力を引き出したらあっという間に火事が起こる。
「どうしたぁ! ガンガンいくぞ!」
こちらに突進してくるカガロ。それに対し――
「ちくしょう!」
足元にあったいくつもの女性服をカガロに投げつけ、視界を奪った。
そしてカガロに組み付く。
「おおおおおりぃやああああああ!」
そのままカガロを持ち上げ、床に叩きつけた。
「このおおおおおお!」
さらにカガロの脚を両手で掴むと、フルスイングで回転する。
「でらぁ!」
思いっきり振り回したところでカガロの脚を離し、カガロが飛んでいった。
洋服店の一角に飛んで行き、カガロが洋服だらけになった体でもがく。
「おおおおおおお!」
少ない力を振り絞って飛び上がり、立ち上がろうとしたカガロの腹の上に膝を叩きつけた。
「ぐはっ!」
「おらおらおらおらおらおらおら」
そのままカガロにマウントポジションを取り、拳を振り上げてはひたすら殴りつける。
これではもう戦いではなく、喧嘩腰で暴れまわってだけようだった。
だがなりふり構ってられない。
洋服の間を縫って、カガロの拳が飛んできた。それを顔面にまともに食らう。
こちらの体がのけぞり、その隙を突いてカガロがマウントポジションから抜け出した。
「パンチが軽いぜ、エルガイアさんよぉ!」
「くっそう……」
足腰に力が入らなくなってきた。膝が震えている。
「おお? びびってんのか? エルガイアさんよぉ!」
「うるせえ!」
右腕を腰だめに構え、体重を乗せた拳を突き出す。
だが、カガロのクロスカウンターで反撃をされた。
「はっ! おせえんだよ!」
「う、うう……」
ついにこちらの膝が折れた。クロスカウンターで顎を打たれたのもあるが、なによりエネルギー不足の分が悪い。
「大したことねぇなあ! エルガイア!」
言いたい放題言いやがって……。こちらも十分な力が入っていれば、負けないのに。
「そこまでだ!」
大きな声が割って入ってきた。
それはライフルを持った舘山寺さんだった。
「ちっ。良いところだったのによ」
舘山寺さんを筆頭に、大勢の警察官が入ってくる。
カガロはわき目も降らずに背を向けて逃げ出した。
「舘山寺さん! 俺のことはいいです! 追っくださ――」
「動くな!」
「えっ!」
舘山寺さんが銃口を向けたのは、カガロではなく自分だった。
「取り囲め!」
舘山寺さんの指示で警察官たちが動き、俺が取り押さえられた。
「なんで! 舘山寺さん!」
「しっ!」
いつの間にか目の前にいた木場さん。口元に指を当てて、黙れとジェスチャーしてくる。
「容疑者確保!」
木場さんが俺の両腕に手錠をはめ、大きなコートで体を被せられた。
「このまま署まで連行する! 暴れないようにしっかりと見張れ!」
なんだ? なんでだ? 舘山寺さん。
「いいから」
有無を言わせず、すぐとなりにいた木場さんが小声で言ってくる。
「静かに従って、拓真君」
「……はい」
何か意図があるのか?
とりあえず、従うしかないようだ。
大勢の警察官に囲まれ、俺はされるまま外に出た。
外には大勢の人の塊が出来ていた。
バシャバシャと携帯電話、スマートフォンの写真をとる音がする。中にはカメラとメモ帳を持った――取材者のような風貌の人もいた。
警察官の一人がフードを深く押さえてきた。もう何も見えない。
路上にはいくつもランプを光らせたパトカーが並んでいる。その中で、パトランプもついていない乗用車に座らされた。
車の中に入っても、ざわざわと人々の声が聞こえる。
木場さんが隣に座り、運転席に舘山寺さんが座った。
拡声器を使って、舘山寺さんが「道を空けなさい! 道を空けなさい!」と告げ、車を発進させた。
「あの、木場さん、舘山寺さん」
「ああ、わかっているよ。大丈夫」
木場さんがなだめてきた。
「優子ちゃんに感謝するんだね」
「え? なんで?」
「数時間前に、優子ちゃんからメールが着てね、街中で君が襲われる可能性があるからって、色々と指示をしてくれてて、根回しをしていたんだ」
カチャリ、と木場さんは俺の手錠を解いてくれた。
ゆっこのやつ、防衛策を練っていたのか。
「今のうちに変身をといて」
「はい」
体が異音を立てて、エルガイアの姿から元の人間の姿に戻る。
「じゃあ、さっきのは演技ってことですか?」
「そうだよ。君の正体は公にできないからね。こういう手段でしか場を収める事ができなかったんだ」
「合点がいきました。助かります」
「それはお互い様だよ」
車が狭い路地裏に入り、周囲に人気が無い事を確認して車が止まった。
舘山寺さんが下りるように指示してきた。
「詳しい事は後で聞こう、今は優子君のところへ戻って」
「わかりました。ありがとうございます」
なるべく用心して車から出ると、舘山寺さんと木場さんに「それでは」と告げてまたZOZOシティに早足で向かった。
―――――――――――――――
「なんとかなりましたね、舘山寺さん」
「ああ……」
二人でほっと胸をなでおろす。
通信機から連絡が入った。別で待機させておいた警察官達が、怪人を見失ったらしい。
今回のターゲットは拓真君、エルガイアだ。
いつ何時に彼を狙うか分からない。もしかしたら、彼の自宅にまで襲撃してくるかもしれない。
今回は優子君の機転で難を逃れたが、まだエルガイアの正体が拓真君という少年である事も、敵であるミュータントの存在も明かす事はできない。
前途多難。
その一言に尽きる。
せめて、最低でも敵の動向を探る事ができれば良いのだが、今のところ、誰一人としてミュータント達の潜伏している場所が分からない。
「さて、どうしたものか……」
「そうですね」
木場と一緒に大きくため息をついてから、慎重に車を発進させた。
―――――――――――――――
人垣の中で、背の高いジョニィさんを見つけた。
「おーい」
手を振ってジョニィさん頼子姐さん、ゆっこの元へ小走りで向かう。
「たっくん! どこいってたの?」
「それはこっちの台詞だよ。トイレから出たらなんか大騒ぎになってるし。なにかあったの?」
おもいっきりすっとぼけて姐さんに尋ねる。
「なんか変な、仮装? したような人が二人で大暴れしてたのよ」
そうか、姐さんの認識ではそうなっているのか。あれが巷を騒がせている本物の化け物だなんて予想もつかないだろう。
「そうなん?」
ゆっこが「はいどうぞ」と帽子を差し出してきたので受け取る。
「なんかすごかったわよ。なんか片方がエルガイアああああ! って叫んでたもの」
「へえー」
「……ねえ、たっくん?」
「なに?」
「アンタまさか、警察と最近絡んでるようだけど、さっきの事件もたっくんが関わってるの?」
「えっ?」
しまった、これはどう応えたら良いか考えてなかった。
「いや、別に知らないよ。警察の方では、本格的な武道や護身術ができるから、混ざってるだけだし……」
「怪しいなあ……」
「…………」
「まあまあ」
ゆっこが助け舟を出してくれた。
「片方の犯人が捕まったみたいですし、きっとニュースとかで分かりますよ」
「まあ、そうねえ」
「そ、そうなんだ。片方が捕まったんだ。どんなヤツが暴れていたのかは分からないけど、一件落着するのかな?」
「なんかヒーローみたいなスーツを着て戦っていたんですよね。ほんとはた迷惑です」
「そうだなあ、ははっ」
「…………」
やばい、姐の猜疑心が晴れていない。鋭くなった姐の視線から目をそらす。
ぐぅぎゅるるるるるるるる
俺の腹の虫の鳴き声で、姐が肩透かしを食らった。
「……あんたねえ」
「ンなことより腹へったよ。もうどこかで食べようぜ」
「そうねえ、ちょっと肌寒くなってきたし、どこにしようかしら?」
「地下の飲食街に巨大オムライスが食べられる場所がありますよ! 味は微妙らしいですけど!」
ゆっこのナイスフォロー。おかげで話がそれた。
「おお、それはいいな!」
「行きましょうか! 味は微妙ですけど!」
「おう! 行こうぜ!」
「はいはい分かった。いきましょう」
俺達が地下の飲食街へ向かおうとする。
その時、今まで黙っていたジョニィさんが肩を掴んで、こっそり耳打ちしてきた。だが、英語でしゃべっているため聞き取れない。
「はい?」
聞き取れず、疑問で返すが、ジョニィさんは小さくため息をついただけで、俺の前を歩き始めた。
そのジョニィ言葉の意訳は「ちゃんと食べないと戦えないよ」という意味だった事を知るには、まだまだ英語のわからない俺にとっては知るよしもなかった。
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