ジョニィ・フォッカー

 時間は夕方、六時半を過ぎる頃合。

 西へ沈む太陽がやたらと眩しい。


 俺達は今、街中で最も人の多い大型ショッピングモール、通称ZOZOシティの足元にいた。大型ショッピングモールのさらにシティと銘を打つだけに、衣食住のショッピングセンター、某有名な大型のオモチャ屋、果てには映画館……大型のシアターフロアまで、色んなものがつまりに詰まった建物だった。ZOZOシティという名前も、人が「ぞろぞろぞろっ」と集まる意味合いでもあり、その体をなしていた。


 俺と姐、そしてゆっこ。三人そろって姐のダンナさんに会う予定だった。


 にしても、すぐ後ろにあるバーガー店から旨そうな匂いがしてたまらない。


 ぐきゅるるるるるる


「たっくん、さっきあんなに食べてまだ足りないの?」

「う、うん……まあ」


 といっても、二,三時間ぐらい前なのだが。流石に二日間も飲まず食わずでいた為か、まだ体がエネルギーを欲しているようだった。

 腹をさすると、少し前までパンパンだった腹が元に戻っている。消化力、エネルギーに変える新陳代謝の働きがものすごいようだ。


「ヘーイ! ヨリコー!」


 雑踏の中で大きく手を上げて姐さんの名前を呼ぶ声が飛んできた。

 超えの下方向を向くと、なぜか優子が感嘆の声を上げる。


「うわああ……」

 やってきた男性はくしゃっとしたブロンドの髪に、肩幅が広くがっしりとした体系で、俺よりも背の高い白人男性だった。

「本物の外国人だぁ」

 顔も鼻が高く、非の打ち所のない、いわゆる美形だった。

「はー」

 俺もやや首を上に向けて感嘆の声を漏らしていた。


「ジョニィ!」

「ハッハッハ! ヨリコー!」


 白人男性、ジョニィさんが頼子姐さんを抱きしめ、ちゅっちゅと音がした。

 優子が顔を赤らめる。

「やん、ジョニィったら」

 何やら英語で話しているジョニィさん、姐さんがどんどん顔を赤らめていく。

「…………」


 それからジョニィさんが腰を低くして姐さんのおなかを触る。聞き取れた会話の中で唯一の言葉は「ハロー、マイベイビー」ぐらいだった。


 英語が素早く滑らかでまったくっ聞き取れない。


「たっくん、優子ちゃん。この人が私のダーリン、ジョニィ・フォっカーよ」

「あ、うん……」

「素敵な方ですね!」

「うふふ、ありがとう」

「…………」

「ヨリコー!」


 ジョニィさんが再び立ち上がると、ジョニィさんは姐さんの顔に接吻しまくった。


「やだ、ジョニィったらー」

「…………」


 姐が目の前ですげえデレている。


 ――正直見たくなかったかも!


 イチャイチャしている姐を見て、内心ドン引きである。

 この自由奔放な、がさつで声もでかくて言いたいことは口に出さない時が済まないうっとおしい姐が、こんなにデレデレしている姿なんて……。


「たっくん、何よその顔」

「イエ、ナンデモアリマセン」

「……あれ?」

 優子が何かに気がついた。


「頼子お姐さん」

「なあに?」

「ジョニィさんって、日本語は話せないのですか?」

「ええ、そうよ?」

「やっぱり」


「ええ! 日本語が話せないって、じゃあ俺達この人とどうコミュニケーションをとれば良いわけ?」


「すぐに慣れるわよ。一体何年学校で英語やってきたのよ」

「学校の英語なんて役にたたねえよ!」

 マジかー。ジョニィさんは日本語が話せないのか。よく英語だけで日本に来たものだ。

 どうやって知り合ったんだ、姐さん?

 


 まだ夕飯時には早かったのでZOZOシティでしばらく過ごす事になった。


 やべえ、ジョニィさん。何を言ってるのかわからねえ……。


 始終英語で、授業でやったようなリスニング程度じゃまったく聞き取れない。これが本物の英語なのか。


 だんだんと姐さんジョニィさん、俺と優子で距離が開いてきた。

 横にいるゆっこをみると、きらきらした目で前の二人を眺めていた。


 俺はふと直感でゆっこからも離れた。


「先輩!」

 やっぱりきた。がばっと俺の方を向いてきた。

「私達も近い将来、あんなにイチャイチャできますかね!」


「一生ねえよ」

「そんなー。先輩のいけず!」

「うっさい……」


 あのジョニィさんが姐さんと結婚したら、親族になるわけで、ジョニィさんにも家族がいて……俺、英語苦手なんだよなあ。


 なんだか酷く居心地が悪くて、困る。


 このままウチに来たりもして、英語漬けになってしまうのだろうか。


「あ、そうだ! 先輩! これを機会に私達も英語のパワーアップをしましょう!」

「うーわ、めんどくせえー」

「物怖じしたら負けですよ! まずはジョニィさんの口調を真似てみましょうよ!」

「興味ねえなぁ」


 ゾクッ――


 思わず立ち止まった。

 一瞬、背筋が凍るような気配がした。

 反射的に鼻をひくつかせる。

 この臭い――気配。


 目を動かして周囲を探る。


「――ッ!」


 目が合った。


 やや前屈みになった黒い革ジャンにジーンズ姿の男が、こちらを見て笑いながら大きな下をちらつかせた。

 俺は帽子を取ってゆっこに無理矢理かぶせた。


「ふぎゃ!」

「ゆっこ、逃げろ」


 前を進んでいる姐とジョニィさんに言う。


「二人ともごめん! 急に腹が痛くなった! トイレ行ってくる!」

「はーい」

「早く行ってて!」


 くそ! こんな所で変身なんかできるか! しかもこんな人が多い場所で戦えとかふざけるなよっ!

 とりあえず誰にも人目につかない場所へ行かなければ。

 こんな大勢の中で、家族の前で、変身なんかできない!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る