抜擢

 県内の国立大学から戻ってくると、署長が呼んでいるとの事だった。


「舘山寺晃一警部補」

「はい」

「木場明宏警部補」

「はい」


 署長室内で中央署署長見方原弘士に名前を言われる。

 署長は顔の前で手を組んで難しい顔をしていた。


「君たちはこれから組織編成されるミュータント対策の特殊課に入ってもらう」

「特殊課、ですか?」


 今まで警察が総動員してミュータントが起こす数々の事件に立ち向かっていたが、それを特殊捜査扱いにする……厳密に言えば捜査員の縮小となる。


 機動隊も加えて総動員しても、相手にするのはやっとだったはずなのに……。


「それは何故ですか?」

「うむ」


 木場は直立不動で聞き入っている。署長は俺の問いを待っていたかのように応えた。


「他にも取り組まねばならない事件が多発しているのだよ」

「ですが、人員を裂けばミュータント達の足取りも」

「元々掴める事すらできなかっただろう?」

「う……」


 正直、ミュータント対策は後手後手の一手だった。彼らは擬態能力で人間社会に溶け込み、今も潜んでいる。


「端的に言おう……模倣犯が現れた」

「えっ!」

「被害者の頭部を切り落とし、ミュータントが行った犯行に似せる事件が起きたのだよ。検死の結果、傷口からのこぎりらしき切り口と、小さな金属の破片が混じっていた事から発覚した。もう既に別の人間が捜査に当たっている」


「そんな……」


 そんな馬鹿な……。と、思いたかった。


「私達はミュータント以外にも……いや、元々は法を犯す人々を逮捕し法廷の場に引き出し、刑罰を与える。それが本文だったはずだ」


「…………くっ」


「我々が相手にするのはミュータントだけではないのだよ。悔しいのは分かる。ミュータントが現れてから、有能な仲間を何人も失った。気持ちよくよく分かる」


 署長は、はぁとため息をついてうなだれた。


「会議の結果、ミュータントに対する捜査は縮小し、特殊課を設けることで一致した。あのエルガイアという、ミュータントと同じ姿になれる少年の結崎拓真君、彼も協力者として迎えるつもりだ」


「……わかりました」


 会議も、きっと苦渋の決断だったのだろう。署長の顔色で容易に想像できた。


「今後は東西南北の署から、そして中央署の中から有能な人員を抜擢し、特殊任務扱いとなる。中央署からは、まず君たち二人だ」

「了解です」

「…………」


 ひょっとしたら断られるとでも思っていたのだろうか? 署長がふうと安堵のため息をつき、凝り固まった肩が下がった。


「正直、君たちはまだ若い。命を落とす危険性のある任務に就けるのには気が引ける。だが、その勇気ある行動に敬意を表す」


「そんなことはありません。むしろ現場から外される事の方が不本意です」

「そうか、ありがとう」

「それで、編成はいつ頃の予定ですか?」

「来月中には決まると思われる。市内の腕利きが集まる事になるのでな。しばらくしたら異動の準備をしておいて欲しい」

「分かりました」


 これは仕方の無い事なのだろう。もう中央署内の力では限界だったのかもしれない。事実、ミュータントとの戦闘によって、機動隊員の数がかなり減った。そして子安機動隊長さえも……。


 特殊課の設立。強い刑事魂を持った精鋭たちの集まる部署。

 俺達は今後、そこでミュータント達と戦う事になるだろう。


 ヴー! ヴー! ヴー!


 突然、スーツの胸ポケットにしまっていた携帯電話が鳴った。

「かまわわんよ」

 署長の許しを得て、携帯電話と取り出した。


 来たのはメールだった。差出人は――


「優子君?」

 拓真君といつも一緒にいる少女、倉橋優子君からのメールだった。

 開いてみる。

 そこには長々とメールの文章が書かれてあった。

「……うん?」


「どうかしたのかね?」


 メールの内容に相槌を打つ俺に、署長が聞いてきた。メールの本文を伝えるよりも見せたほうが早いだろう。

「署長、これを」


 そういって携帯電話を差し出す。

 署長もメールのない様に目を通した。そして、署長も「ううむ」とうなった。

「どうやら敵は、私達の再編成に、都合を合わせてはもらえないのでしょう」

「……そのようだな。いったん話はここまでにしておこう。早急に準備をしてくれたまえ」


「了解しました」


 敬礼をして、木場と一緒に署長室を出た。

 準備をしておかなければ――


 正直、優子君の直感には舌を巻かれる。普段は明るいただの高校生だが、事実彼女の助言や、予期された通報はほぼ当たっていた。


 ――拓真君に危機が迫っている。

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