センス

 ああ、ったくもう。

 やってられないとはまさにこの事だ。俺には立ち止まって悩む暇もないということか。


 ――やっぱり、ミュータントとは分かり合えないのだろうか?


 よくよく考えれば、ネパールから送られてくるミュータントの刺客たちは、俺や人々を狙ってやってきている。


 エルガイア打倒のために。


 初めから俺たちを敵視している相手に、和解など無理なのだろうか?

 なんて考えても、初めから喧嘩腰でやってくる相手に、お互いに仲良くなろうって言うんじゃ、十中八九相手は舐められてると感じるだろう。


 だが実際に、ミザリィみたいな平和的なミュータントもいたのも事実。

 実際にヤツらの本陣であるネパールに行って見ないと。分からないかもしれないな。


「はぁ……」


 腹がきついのは、たった今までやけ食いで思いっきり祖母の料理を食べまくったからだ、すぐに楽になる。


 寝間着から着替えて……着こなしはこんなものでいいだろう。帽子を取って自室から出る。


 するとゆっこが意外な顔をして驚いた。

「先輩の私服。オシャレですね!」

「あん?」


 俺の今の服装、縦じまの紺のストライプのワイシャツに赤いネクタイ、そしてベストスーツに片手には上着を。ベルトは白でバックルのマークが良く目立つ、それからスーツパンツに深いブラウン色の帽子だった。


「これが本当の外出用の普段着だよ」

「そうなんですか?」

「ああ、そうだよ。そんなに多くは持っていないけどな」


「っていっても、私がコーディネートしたんだけどね」

「お姐様がですか?」

「ええそうよ」


 頼子姐さんが得意げに言っているが、俺は心の中でげっそりとしていた。


 なにせ俺の今の洋服のセンスは百パーセント姐のせいだ。小さい頃から洋服を買ってはくれていたが、着せ替え人形のようにあれやこれやと着せられてオモチャ扱いされる事毎回。皮肉にもそのおかげで服のセンスが磨かれてしまった。


 まあ別に、Tシャツにトレーナーでジーンズでもいいのだが、そんなものを着ていると、姐から「やだダッサ! もっとましな着こなしができないの?」と言う文句が飛んでくる。


 はぁ、とため息をついて帽子をかぶって被り位置を鏡で確かめた。

 その間、ゆっこがこっちにきらきらした瞳でこちらを見てくる。


 ゆっこはジーンズ生地の短パンにハイソックス。ポップなTシャツにパステルカラーピンクのパーカーだった。


「そういうお前はなんか子供みたいな服装だな」

「ロリータファッションですよ。正確にはロリポップです」

「ああそう」


 俺とは服のセンスはどうやら真逆のようだ。

 まあ、気にもならないんだけどね。

 最後にネクタイの位置を確かめて。


「はい、コレで準備できたよ」


「じゃあ行きましょうか」


 姐は三十路超えにもかかわらずスタイルが良く、上質な生地のTシャツにジーンズ。それだけで十分に映えていた。上着も無難なものにもかかわらず、平均よりも上等な服装とスタイルをかもし出している。


 ん? ちょっと待てよ。今から姐さんの恋人に会う分けなのだが。


 俺はどんな人なのか名前すらも全く知らないぞ?


「姐さん、そのダンナさんってどんな人なん?」

「ふふふ、会ってみてのお楽しみよ」

「…………」


 この姐の悪癖。何かしらの物事の基本的な情報を言わない事だ。姐さんの友人がやってきても、まずその相手を俺に紹介をしない。従って俺は姐の友達の名前をほとんど知らない。その上で俺は相手の基本的な名前や、何をしている人なのかも知らないまま、井戸端会議の中で話題を合わせるという始末になっていた。


 今回もそうだ。相手の基本的な情報を、めんどくさいのか素なのかわからないが、俺はとにかく全く知らないまま出会う事となる。そうなるわけだ。


 姐さんは、相手が基本的な情報全部知っている上で話し出す。そういう癖があるんだ。


 もうちょっとそこらへんを配慮してくれたら、だいぶ助かるハズなのになあ……。


「はーあー……」

「先輩」

「なんだ?」

「ため息をつくと幸せが逃げていきますよ」

「ああ、そう」

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